インサイド・ジャンクション

第8週 蒸発

8月25日(月) 怪しげな雲行き

そして俺は母さんの悲鳴のような声で目が覚めた
ドタドタと玄関から新聞片手に小走りでリビングにかけてきた

「なによコレ!?」

……母さんが持っていたのは新聞だけじゃなかった

昨夜エルはポストを探っていたわけじゃない
手紙を入れていたのか!

俺もその手紙を読んだ

……大層な家出計画だな……印象はコレだ
でもアイツが今まで家出したことなんか無かったし
原因もさっぱりわからない

早朝うろたえていた母さんも
ほどなくして落ち着きを取り戻したようだ

そりゃそうだ、俺だって今まで何度だって外泊してるし
家に子供が居ない状態にも慣れた母親だ

今日か明日にでも帰ってくるでしょ
母さんはそう言った
俺もそうだと思った

是非ともそうであって欲しい
アイツに家出なんて似合わない
すぐにでも折れて帰ってくるだろう

窓を開けて空を見上げた
昼間なのに怪しげな雲行き
近々また大降りになりそうな予感だ

エル
風邪ひかないうちに帰って来いよ

8月26日(火) 曇り

結局雨は降らなかった
だが依然として雲行きは怪しいまま……
エルの身が案じられる

夕方頃に、不意の訪問者があった

「警察です」

一瞬俺はエルに何かが起こったのだろうかと
思ったがどうやら違ったようだった
だがそいつらは予想もしていなかった案件持ってきていた

どうやらエルの学校に赴任している教師が
先日、自宅アパートで死体で発見されたらしく
他殺の疑いが濃厚だということで
聞き込み調査をしているんだそうだ
ウチに来たのはエルがその学校に通っているからか?
現に俺もその学校の卒業生だ
個人情報てのはバレバレなんだな……と
俺は世の中を憎んだフリをしてみた

しかし俺だってワケわかんねえ
その殺された教師の名前も聞き覚えが無い
きっと俺が卒業した後に赴任してきたんだろう
世の中怖くなったもんだと思う

さっぱりわからないという旨を伝えると
その警官は俺に聞いてきた

「妹さんは今家に居るのかい?」

出かけていて今はいない
どこに行ってるかは知らないけど
そのうち帰ってくると思う

警官は納得したかのように頷き
「協力ありがとう」
と俺に一礼して帰っていった

しかし何故ウチになんか来るんだ?
たまたま……
ってのもあるに違いないだろうけど

まさか、
エルが疑われてんのか?

ふざけんなよ

8月27日(水) 押し潰されそうなほどの豪雨

雷鳴が外で轟いている
屋根に、窓に、道に雨という雨が激しく打ちつけている
エルはまだ家に帰ってこない
恐らくこれからも帰ってくることは無いだろう

ああ、全てを知ってしまった
昨日の事も辻褄が合ってしまう

昨日知らされた殺害された教師の名前……
ああ、なんてこった
聞き覚えないなんて嘘だ
興味がなかっただけで俺は聞き覚えがあったはずだ
興味が無かっただけで俺は確かにその教師を見ていたはずだ

何故なら……



その教師はエルの担任だったからだ

たしか終業式の日の午後
そいつはエルの宿題と通知簿を持って家にやってきた

その時エルは担任と会うのを頑なに拒んでいた
そして俺が仕方なく出たんだ、確かそうだった

その時、何かおかしいと察知するべきだったんだ



教師ブルーノ・ブルーフェス
気さくな若い先生だった……

その教師が遺体で発見された……

信じたくない





俺は今日、エルの部屋に入った
そして……
部屋の隅に積まれていた一番下の……



「エルの日記」を見つけてしまった





そして読んでしまった





ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ……




8月28日(木) 引き続き豪雨

あれから1日経った
気持ちはだいぶ落ち着いた……と思いたい

エルの日記……
内容は到底信じ難いものだった
まるでそれは妄想日記じゃないかと思いたくなるほどに

でも、もしこの妄想日記が本当の話なら……

教師ブルーフェスを殺害した犯人は紛れも無く……

……いや、違う!
絶対に違う!

エルの日記に彼の名前なんて一言も出てきていない
証拠にはならないし確信にはならない!

……そう思いたかった
しかし、証拠は確実に存在した

それは終業式の日のくだり
「アイツは家にやってきた」
「お兄ちゃんが代わりに出た」

現実、その教師は家に来た
そして俺が応対した

…………



日記を何度も何度も読み返した
その度に誤魔化しようのない
エルの「アイツ」への憎しみ……罵倒が流れ込んできた



俺が夢を見てるんだと思いたかった
2日続けて妹の日記に苦しむだけの夢物語
非現実の夢物語……
そう、信じたかった

そんなわずかな望みはティアからの電話によって打ち砕かれた
夢ではない……ゾッとした
ティアの誘いを断った
ごめん……今はそんな気分になれない



そうか……だからエルは出て行ったんだな
いくら否定してもそいつらは俺の中で肯定させようと暴れ出す
だから……俺は肯定するしかなかった


エレニーは、やってしまった

そして、次の標的は……
俺になってしまった

だからエルは出て行った
俺の目に付かないように……

こうやって書くことは簡単だ
俺も日記のようなものを書くのも手馴れてきたと思う

だけど……俺は……
どうするべきなんだ?
人として……兄として……



だが、日記を読んでいくうちに
どうしても理解できない部分が目に飛び込んでくる


「サモンカード」


エルを変えてしまったこのサモンカード
エルの衝動を後押ししてしまったこのサモンカード
エルの人生を壊してしまったこのサモンカード



こいつは一体なんなんだ

エルの日記を読んで俺は一つの結論に至った



サモンカード
俺はこいつが

憎い

8月29日(金) 晴れ

「愛してる」
目を開けるとそこにティアはいた
「ごめん……今はそんな気分になれないんだ」
そう言って俺は目を閉じた

「ごめんなさい。お兄ちゃん……」

目を開けるとそこにいたのはティアじゃなくてエルだった
思わず俺はエルに聞いた
「お前があの人を憎んでいた理由はなんなんだ?」
すると、エルはゆっくり首を横に振って
ずっと向こうのほうに消えていった
俺はなぜか追いかけることができず
エルの姿が見えなくなるのを待つことしか出来なかった



そこで俺は目が覚めた
久しぶりに夢を覚えていたので書き留めておいた

しかしよくよく考えてみると
エルが家を出た一番の要因は俺にあるのだと思った
先週俺が酔いつぶれた時……エルには迷惑な事をしたなと思っていたが
俺は予想していたよりも更にとんでもないことをしていた
もうそれは、終わってしまったことで
取り返しのつかないことだ

だが、それに至るまでの経緯
特に夢の中でも思わず聞いた
エルがあの教師を憎んでいる理由
それがさっぱりわからない

それがわかるという根拠は全く無いが
俺はエルの部屋を探ってみる事にした



……とは言っても
そこまでのガサ入れも俺は出来ない
あたりさわり物色してみるのがいいところだった

そしてブルーフェス教師に関連する所で
ひとつ気になるものが挙がった

それはフォトアルバム
最近まではエルも活発な奴で
友人にも恵まれていたようだし、
トラブルというトラブルもなかったと思っている
やはりそれは間違ってなかったらしく
アルバムの中にも友達と一緒に写っている写真が多くあった
どれもこれも幸せそうな顔で写っている

しかしその中のある写真に俺は気がついた
それはクラスの集合写真

教師だけ全身ペンで塗りつぶされた跡

何枚か入っているクラスの集合写真全て
教師ブルーフェスの部分が傷つけられた痕跡があった

おそらくエルが引きこもるようになってから
それらに恨みをぶつけたのだろう

そして自暴自棄になって部屋の中はもの凄いことになっていたに違いない
それは既にエルに取り憑いていたエルデンスってヤツによって片付けられたようだが……

引きこもり始めた頃の日記には
エルが教師を怨む理由などがちゃんと書かれていたのだろうが
既にそれは破られ処分されている……そう日記には書いてあった


思い立って始めたこの日記だが
もしかしたら今俺のしている事は凄く大事な事かもしれない
エルが何処に行ったのか……いつ戻ってくるのか
それを記録していく為にもいいことなのかもしれない
おそらくそうするべきなのだ

俺は俺自身の責任として
この日記を書いていこうと思う
後々、重要な何かになるかもしれない

エルにとっても……
そして俺にとっても

8月30日(土) 悪寒

あいつら、やっと帰ってくれたか……
まさかこんな夜遅くに日記を書くことになるとは思いもよらなかった……



夜遅い頃……20時ぐらいだろうか
そろそろ母さんが仕事から帰ってくるだろう時間に
外のほうで誰かと誰かが話をしているようで
騒がしかったのが気になって玄関に出てみると
母さんと一緒に2人の警官が家に入ってきた
会釈をしてよく見てみるとそいつらは先日家に来た奴らだった
どうも母さんが帰宅してきた時を見計らって声をかけてきたらしい
全く……いやらしい連中だ

しかも面倒な事に
あいつらのまず第一声が
「エレニーさんはご在宅ですか?」

それを聞いて俺は背筋が凍りついたような気になった



それからついさっきまで
リビングのテーブルに4人座ってしばらく話をしていた

俺が何も言ってなかったのが悪かったのか
ここで初めて
母さんはエルの担任の死を知らされた
それを知った時の母さんの驚いた表情は
今でもハッキリと脳裏に浮かんでくる

警官も「息子さんには既に話したのですが……」といった事もあって
俺は警官と母さんに一度謝った
確かに死だけでも知らせるべきだったとは思ってる

そして、次にまたエルの事を聞かれた
「今エレニーさんは何処にいらっしゃるのですか?」
一瞬ゾクッとするものを覚えた
俺だけがアレを知っているからだろう
だけど現状で行方不明なのは事実
俺は母さんにとりあえず聞いてみた

「……探してもらう?」

俺は妹の身を心配する兄として振舞わなくてはならない
母さんは何も知らないが……
「そうね」と答えた



事実上の「捜索願い」ってヤツだ


一応警官には
エルが今週の初めから家出中だということを伝えた

そして手がかりになるようなものとして
エルの写真を出してこようと思ったが
「それは結構です、こちらで既に手に入れていますので」
と言われた

既に手に入れているとしたら、
それはきっとクラス写真などの、エルがひきこもる以前の状態の写真
今のエルはずっと変装を続けているだろうから、その写真ではきっと不十分なのでは?
…黙っておこうか

代わりに言われたのが
「家出する直前に何か残していきませんでした?」

俺が冷や汗を流す隣で
母さんが置き手紙があったと言い出した

アレは見せてもいいのか?
エルのことがバレやしないか?
大丈夫か?
でも俺には置き手紙を見せるのを拒否する正当な理由が無い

そんなことを考えながら結局置き手紙は警官に提出された

……

だが、意味深な事はあれど
もともと曖昧に書かれていた文なので
警官にバレるような事は無かったようだ



そしてしばらく
教師ブルーフェスが殺害された事件について
いろいろと言われたり聞かれたりした
だが、エル自体が家族に何も学校の話をしないタチな為か
母親と俺にこの教師の素行や人格など
答えられるような事は無かった

この間
エルが疑われていると取れるような
質問や言葉は警官の口からは聞かれなかったが
犯人は必ず捕まえます
何か知っていることがあったら何でも言ってください
などと言われ、その場はお開きになった


そして警官たちは帰り際にひとこと

「またお邪魔するかもしれません」

そう言い残して帰っていった



……ふう
よくここまで書けたな

くそっ、まだ体の震えが止まらない
背筋がゾクゾクする思いだ

母さんは警官が何とかしてくれると安心している様子
でも……俺は……

ひとつの考えが頭から離れない



エルは殺害の犯人として疑われてるんじゃないか

直接的には決して言ってこなかったが
あいつらの言動のひとつひとつが
俺の心の中に土足でズカズカと入り込んでくるようだった

……考えすぎなのかもしれない



だが、今俺の中でハッキリしている事は

エルは担任殺しをしてしまった事
警察が殺害した犯人を追っている事
そして……
今このときからエルの捜索も開始されるという事

更に……
今俺の部屋に隠し持っている……
エルの日記は担任殺しの証拠になってしまうだろう
エルのアルバムも担任殺しの手がかりになってしまうだろう
更に言えば
今書いている俺の日記も実はその証拠になりかねない


……困った

下手したら警察に家宅捜索もされかねない状況かもしれない
日記を書くことを止めるのも手だが、
恐らく俺自身がそれを許さないだろう

せめて、
エルのこの日記とアルバムだけでも
安全に隠し持っておく必要がある


だが、今現在
コレを知っているのは俺だけ……
ティアはもちろんのこと
誰かに預ける事も絶対に出来ない……

しばらくは俺がこの部屋に隠し持っておかなければならないだろう



そういえばここ最近いろんなことが起こってて忘れてた

明後日は始業式じゃないか

8月31日(日) 推測

連日「サモンカード」というものについて
よく考え続けている……

日記の中でエルに憑いていたヤツが
ご丁寧にエルの日記にそれを書いてやがる

世の中に知れ渡ってはいけない代物……
「サモンカード」

……当たり前だ
こんなモノが世の中に広まったとしても
犯罪に利用されるのが容易に想像できる

現にエルがこのサモンカードを手に入れてしまったばかりに
犯罪に手を染めてしまった



……明日から新学期が始まるが

誰かサモンカードのことを知っている奴はいるだろうか

……いないだろうな
世の中そんなに狭くない

だが、俺は知ってしまった
誰にも口外するわけにはいかない


だが、確実にそいつらは存在している事は確かだ

エルにカードを渡したのも同世代の子供だ

俺はエルの日記に書いてある、そいつに関する記述を読み返した

その男の子はあたしよりちょっとだけ背が高いくらい、
父親に似てブロンズの髪の毛、綺麗なブルーの瞳、
でもあどけなさが残るような顔つきをしていて
多分、あたしと同い年ぐらいのような感じがしました。
でも見たことの無い子でした。
……金髪、青い眼
そして童顔というところか

ふとクラスメイトのひとりを思い浮かべてしまった
知ってる顔で例えればあんな奴かな……

そういう漠然なイメージ……



そうか……
夏休みも今日でおしまいか
他の奴らは今頃宿題に追われている頃だろう……
今年の俺は勝ち組だな…^^

エルは宿題どうしたんだろう……
っていうかそれどころじゃないよなアイツも
多分明日からも学校にも顔出さないに決まってる……

顔なんて……出せないぞ


だが俺は明日からも元気出して学校に行くんだ
もとよりそのつもり……
殺された教師の話題が何処まで広まっているのか
それが気になるところだが

何にせよ、またいろんな奴の顔が見れる


楽しみだ、新学期





感想・応援メッセージを送る