インサイド・ジャンクション

第5週 昼寝

8月11日(月) 許せ

よくよく考え直していた。
そして思い起こした。
「融合寄生」の解除方法……
もしコレを使用者が行なってしまった場合、使用者自身での制御が出来なくなる。これがマニュアルだ。
でも確かに解除方法はあった。
うっかりしていたんだ、忘れていたんだ、本当は僕も知っていたのに……。

その方法は……
外部から疲労や負傷を蓄積させていくこと。
つまり、「解放」や「融合」と同じ方法だ。 サモンカードは通常、「疲労」を代価としてセイントを呼び出して力を使ったりする。
その疲労が使用者の身体の限界を超えたとき、「解放」「融合」を維持する事が困難となり、
セイントはカードの中に戻っていってしまう。

要するに、これらと同じ方法。
外部からのダメージや疲労で使用者の身体を痛めつける事で、「融合寄生」を維持するのも困難となり、 見事に解除される、それだけのことなのだ。

疲労はつまり、精神的な疲れとも連動する。
昨日の僕はエレニーの内からの憎悪によって疲れていた。
要するに、この調子でいけば今の「融合寄生」状態は解け、彼女は彼女として再生できるはずなのだ。

僕が先週から見つけ出そうとしていたもの、僕が目指していた最終目標……
こんな簡単に解除が出来るんだ。
セイントである僕の意思次第でいくらでも、今すぐでも可能なんだ!

……。

しかし連日の体験を通して、僕はある一つの結論に達した。

それは、
『君を元に戻さない』
ということ。

きっと君は怒っていることだろう。いや間違いなく怒っている。
だけど君のためを思ってやっている事なんだ許してくれ。
人殺しなんかで得られるものなんか無い、むしろ君はいろんなものを失う事になるんだぞ。
だから君の気の迷いは全力で僕が食い止める。君の気持ちが治まるまで僕が君の替わりとして生きよう。
安心しろ、僕は君のように隠れて生きる事はしないさ。
君が戻ってきた時には胸をはって生きていけばいい、それくらいになるまで君は心の治療に専念するんだ。

それまでに僕も探し続けることにするよ。

『もう一つの融合寄生解除方法』
っていうやつを……
何故ならもう疲労の蓄積では、解除が出来なくなるようにしてしまったから……
君のため……と言ったが正直大博打だ、僕もまだ実際にそれを見たことは無いから……
今日もまた記憶が抜け落ちる事だろう……だがしかし、僕の気持ちのも力でいくらでも抑制は出来るはずだ。
その証拠に……今日はまだ僕が僕で居られている……


これはどういうこと!?
エルデンスさん……何故こんなことを!?
あああ……許してくれですって?
駄目よ、絶対に駄目……
絶対に許せないのに……
あたしは、諦めないわ。

8月12日(火) 大博打

エルデンスさん……
あなたまでもがあたしの邪魔をするというの?
あなたはあたしを元のあたしに戻したがっていたんでしょ?
先週のあなたが書いてくれた日記読んだよ……確かに戻す方法を模索しようとしていたよね、
ねえ、なんでやめちゃうの? なんであたしを元に戻してくれないの?
そもそもあなたは何をしたの?
解除が出来なくなるっていうのは……
どういうこと?
大博打? もうひとつ? 一体何?


君は大人しくこの身体の中で眠っていればいいものを……何でそうしてまで自己を押し通そうとするんだ?
あぁ、解除できなくした理由か?
実に簡単じゃないか。

今、君を君の中に完全に戻してしまうと君は確実に「アイツ」を殺しにいくからだ。

君には悪いが、そんな事は絶対にさせない。
僕の意識が一時的に飛んだ隙を狙って「アイツ」を殺しに行っても無駄だ。
絶対に、僕はそれを食い止める。
君の思い通りにはさせない。
我慢しろ、それが今に君に一番必要なものなんだ。

あぁそうか、
君はまだ把握していなかったか。
僕が昨日やったこと……
疲労による融合寄生の解除を不可能にした方法……

残念だな、君には一度話した事があるはずなんだけどな……
その証拠に君自身がこの日記に書いているじゃないか。
ええと、どこだったっけな……見つけた。
7月29日、火曜の日記に君はその用語までしっかり書いている。

そう、僕がやったのは……



「エターナルギャザー」


いわゆる永久融合……もう忘れたかな。
それじゃあおさらいしてやろう、ここに書くから忘れる事も無いよな。

「永久融合(エターナルギャザー)」
こいつは解放や融合のような呪文じゃない、叫んでも何も起こらない。
どうやればいいのか……実に簡単な方法だ。

その方法とは、まず「融合(ギャザー)」もしくは「融合寄生(プッシュオン)」をおこなう。こうして、サモンカードの「中」を空にするんだ。

そして……


サモンカードを破るんだ。
思い切り二つに破りきってしまう。

どうだ簡単だろ?
要するにセイントの帰る場所を無くしてしまうんだ。
セイントは自分のカードにしか収まらないから、破かれたカードには帰れない。
つまり、融合状態から戻る事が出来なくなり、セイントはずっと使用者の中に留まり続けることになるわけだ。

ちなみに破かれたカードは瞬時に燃え尽きてしまう。
何か特殊な素材か何かで出来ているんだろうな。

万が一、セイントが入ったままのカードを破いてしまったら……うん、想像もしたくない。

どうだ? 思い出してくれたか?

分かったら馬鹿な真似はよしてくれよ。
7月29日にも君に説明しているのは確認済だ。
疲労の蓄積次第で君自身が死ぬ可能性もあるんだからな。
現状では疲労が溜まっても融合寄生は解除されなくなった。
だが、普通の生活を続けるのなら心配はいらない、君にはこうしてもらいたい。

わかったな?


エルデンスさん……
やっぱりあなた厳しいね。
でもわざとここまですることないじゃない……
それに、昨日書いてた
『もう一つの融合寄生解除方法』
っていう事の説明まだ聞いてないよ。
書くならちゃんと書いてよ。


エレニー……君はどうも見てないみたいだな。
7月29日の日記……
せっかく教えてあげたのに……融合寄生している間にいろいろ忘れたりしてるのか?
それじゃあ正直に答えてやろう。

もう一つの融合寄生解除方法……じつはもう方法はわかっている。
手荒い方法にはなるんだけどな……
一度君には説明した。


「リセイント(再分離)」
を使えば戻る事が出来る。

リセイント(再分離)っていうのは、
もともとは生身の人間の魂を抽出してカード化してしまうという危険な技術だ。
だが、取り出せるのは人間の魂だけではなく、
「融合」状態のセイントを抽出して強制解除させることもできる。
その時、戻るカードが無い場合は、新たにカード化される。

僕が言っている、もう一つの解除方法っていうのがそれだ。

しかし、問題点はある。
このリセイント(再分離)は呪文みたく叫ぶのでもなく、永久融合みたくカードに何かするのでもない。

リセイントはとあるセイントの付加能力なのだ。

以前聞いた噂では、サモンカードの発祥と同時に新たに生まれたサモンカード専用の特別なカードが「リセイント」で
世の中に数える程しか存在しない、希少価値の高いカードなのだ。

僕がセイントとしてトレックに使われていた頃からずっと見たことは無い。
……だが確かに存在する。
さっき言ったことと矛盾してしまうが、
トレック自身が「所有している」みたいなことをほのめかしていたからだ。

しかし、トレックは先月、ついこの間死亡したばかり。
ということは、その息子である人物に渡っている可能性もあるという事。
つまり、エレニーに僕を渡した人物そいつだ。

もう一つの方法と探すという事は、トレックの息子を見つけるという事、
もしくは、トレックの居た本部の場所を特定する事。

既に目標は出来ている、しかも先週立てた目標から、やるべきことは全く変わっていない。
見つけさえすれば、今度こそいつでも戻れるようになる、
エレニー……君の心の回復を待った後でな。



やれやれ、今日は日記でもない事を長々と書いてしまった。
だが、君と直接対話できない今、この日記帳は大事な対話ツールだ。
僕はもともとそのつもりは無かったが、君にその意思があるからな。

とりあえず日記らしい事でも書いて終わるか。
昨日エレニーのお兄さんが買ってきた「週間少年VIP」を読ませてもらった。
半分近くが新連載というのが滑稽だが、中身はとても活き活きしてる漫画が多くて楽しかった。


………………。

8月13日(水) 兄

さて、目標は見つかったわけなのだが
今現在だとただただ果てしない気がする。
どうしようもないね、うん本当に。

できることは地道に外を歩いていろんな人を見ておくこと。
一番ベターなのがエレニーに僕のカードを渡した少年……トレックの息子が見つかることだ。
一応僕はトレックを知ってるし、エレニーも息子の顔を見ている。
僕は知らない人間だが、会えばきっと彼女の体の反応で分かることだろう。
そうだと願いたい。

しかし、ただ歩くのでも暇になったりするから
今日はエレニーのお兄さんを尾行してみる事にした。
現状のエレニーとは対称的にかなりオープンな人間らしい。
尾行は無論「バニッシュ・クラスター」を発動済だ、見られては尾行の意味が無い。

昼食後、お兄さんは外出したのでそれについていくかたちで僕も後ろから行く。
お兄さんも外を歩くときは徒歩なのか……無駄に走らなくても済んだのでちょっとホッとした。
だが、それは目的地が近かったからかもしれない。お兄さんはドラッグストアに入っていった。
彼が商品を物色する間も、僕は周りの客を見回していた。
息子がどこかにいるかもしれない。
……がそれらしき姿は見当たらなかった。
しばらくして、エレニーのお兄さんは数点のものをカゴに入れてそのままレジに向かった。
レジで会計をするのを眺めている。
見えたのは、シャンプーや洗顔系のクリームやワックス、それから小さな箱のようなもの。
お使いでも頼まれていたんだろうか? そのような事を考えつつ、帰途に着くお兄さんを後ろから追った。

そのまま自宅に戻った。
買ってきたものをシャワー室などに置き、容器などに詰め替えをしていた。
……母親は仕事に出ているのか、こういうことは兄任せなんだな。

一通り終わった後、お兄さんは携帯電話から誰かと話をし始めた。
どうやら、友達の家に行くらしい。
通話を終えた後、彼は再度外出した。
今度は自転車に乗っていくようだ。

やれやれ……
この暑い真昼間に走る事になるとはな……

友達の家に着いたらしい。
家に入ると彼を出迎えたのは……

「あっ、早かったねー」

女の子だった、彼と同年代の雰囲気。
……なるほど、ガールフレンドか。

何となく察した。
彼の後ろから家にお邪魔する。
家はその女の子以外には居なかったらしい。
「両親は仕事に行ってるから大丈夫……」って何が大丈夫なんだ? ……まぁ察したわけだが。

「ちゃんと買ってきた?」と女の子が言う。
「あーそれも大丈夫」と言って彼はさっき買ったばかりの小さな箱を女の子に見せた。
……なるほど、そういうことね。

二人はそのまま女の子の部屋らしき中に入っていった。
……僕は敢えてついて入らなかった。

しばらくしてベッドに座るような音が部屋の中から聞こえてきた。
僕は、そこで尾行をやめて家を出た。


夕方頃にまた商店街に差し掛かったが、通るのはやめておいた。
……たぶん「アイツ」は居るだろうな、この時間帯は。


夕食の時、お兄さんに聞いてみた。
「今日はどこかに行ってたの?」
お兄さんは「ん?」といいたげな表情をしたがすぐに答えた。
「彼女んち行ってたけど、どうかしたか?」
どうやら、性格もオープンらしい。交際も特に誰かに隠すようなことはしていないらしい。
うん、いい兄だと思う。
エレニー、君に必要なものを全て持ってるって感じだな。君のお兄さんは。


そういえば、今日は記憶が全く飛んでないな。
憎悪や衝動もかなり落ち着いた。
なんだか急にという感じではあるが、君自身もちょっと考え直そうという気が起きたかな?
どちらにしろ喜ばしい事だと思うよ。

昨日みたいに日記に全く手をつけてないっていうのがちょっと気になるけどね。

8月14日(木) 廃工場

「永久融合」したという事実が、彼女の心の中で何か感じてくれたのだろうか。

今日は、人気の無さそうな場所を中心に歩いてみた。
廃工場だとか閉店してひっそりした大型店だとかを見てまわる。

僕の記憶が正しければ、
たしか人気の無い場所からサモンカードの本部にはいる入り口があったような気がするんだ。

こういう場所を探るのは、僕が生きてた頃に最も得意としていたことだ。
今現在でさえ、能力を発動して姿を隠して行動している。
歩いていくと、怪しい雰囲気がしないでもない……

白骨化した小動物の死体が転がっているのを見た。

が、その本部への入り口らしきものの手がかりは得られなかった。
カンが間違っていたわけではない、ただまだ探し足りないだけだろう。
まだ廃ビルなどがいくらかの場所に残っている。

夕食時にお兄さんが僕に話し掛けてきた。
「今日商店街に買出しに行ってきたけどお前の……」
と言いかけて口をつぐんだ。
それでいい、そんな話は僕も彼女も聞きたくない。
きっと、お兄さんも察しているに違いない、彼女は夏休みの初日にも「アイツ」を拒否したのは彼も知っている。
お兄さんは言及はしてこないが、果たして彼女が受けた仕打ちを知っているのだろうか?
今、エレニーである僕が彼に聞くのは少しおかしい気がしたので聞かない事にした。

どうなんだ?
エレニー、君は自分の状況を、どれくらい兄に話しているんだ? 兄はどれくらい知っているんだ?
教えてくれ、この日記が残っている以前の頃、何が起こったんだ?
どこまで兄に話したんだ?

今、僕の意識を飛ばして君の時間をやるから……ここに書いてくれ。


……



………………





今日は一度も意識を失う事は無かった。
エレニー、君はまた眠りについたんだな?

8月15日(金) 天気予報

廃ビルが立ち並ぶ地帯を歩いている最中、
空の雲がやけに大きく立ち往生したように乗りかかっていた。
ゴゴゴゴゴと派手な音を立てている。若干気圧も下がっているような感じさえした。
まだまだ湿気を感じるが、少し肌寒くなってきた感じは否めない。

これはひと雨降るね、間違い無い。
週末は外に出ずに彼女の宿題でも手伝ってやろうかなと思った。
案の定、彼女は未だに自己主張しようとしない。
その証拠に彼女は昨日の日記にも赤ボールペンで追記をしている形跡は全く無かった。
どうやら頭を冷やしているようだ、うんうん喜ばしい事だ。

今日の目立った収穫は特になし。
潰れたゲームセンター跡地らしき場所に不良グループが数名何かしているのは確認できたが、
十中八九、サモンカードとは何ら関連の無い事だろう、無視して正解。

夕食時にテレビの天気予報で明日は派手に降るでしょうという予報を食らった。
僕のカンは正しかったようだ。
お兄さんは、「あーあ、明日また出かけるつもりだったんだけどな」と残念がっていた。
「宿題やっとこうよ」と僕は彼に言っておいた。
「そーだなぁ……」
お兄さんも宿題は後回しにするタチか、人間臭くていいな。

どうも、週末はあまり動きがなくなりそうだ。うん、間違い無い。

8月16日(土) 処刑完了






残念だったわね、エルデンスさん





しまった……
油断していた……
ああ……僕はなんてことを……!!


今、僕は彼女の部屋の中にいる。
外は大雨……ザーザーうるさく降りしきってる。

意識が戻った時、僕は何故かびしょ濡れの状態でここに居た。
目の前に日記帳が開かれ、今日の日付の部分にこの赤いボールペンで……何だこれは……
そう思ったが、次第に寒気がしてきた……体が震え出してきた。
だが、不思議と憎悪は感じない……衝動も起こらない……

なのに何だよ……僕は何もしていないのに……何なんだよ……

この妙な達成感は!!

ああ、そうか……そうなんだな。
エレニー……君というやつは……



やってしまったんだな?


昨日一昨日君が大人しくなったと思って僕が油断したからやったのか?

僕をビビらせようとしたのか?

なんて馬鹿な事を……!
君は……君はもう……後戻りできなくなってしまったんだぞ!!



相変わらず、君は何も言わない……
何で最後の最後でこんな事を僕に押し付けるんだ?

さっき日記を書いてる時まで横に置いたままにしていた、
アイツの血液がベットリ付着した包丁はちゃんと洗ってキッチンに戻しておいたからな?


一体僕はどうすればいいんだ……。

8月17日(日) 事後報告

今日もまだ外は雨模様みたい、勢いよく降り注いでるわ。
昨日頑張りすぎちゃったせいでちょっと風邪気味みたいだけど結果オーライね。

今、あなたの心境ってどんな感じ?
あたしはサイコーよ。

うん分かってる……でもいいのよ、あなたは何にも悪くないんだから。

昨日あなたは何が起こったのかちゃんと理解してくれたみたいだけど、
改めて説明してあげるわ。



昨日、アイツを刺してきた。

うん、キッチンにある包丁を使ってね。

あ、ちゃんと戻しておいてくれてありがとうね。

アイツ本当にある意味でクソ真面目っていうの?
あの豪雨の中でもちゃっかり夕方にはあの商店街に現れていたわ。
でも屋根付きのアーケードだから別に天気は関係なかったからかもしれないけど……

あたしはアイツが商店街から抜けたところで背後について挨拶をしたわ。

「久しぶり」

アイツなら声であたしの事はわかってくれる。
いや、わからないはずが無かった。

「おー……キアニス……か?」

振り向いたアイツがあたしを認識するのに少し時間がかかったのは
あたしがお兄ちゃんにしてもらった例の変装セットを身に付けてたからだと思う。

「フラッと外に出てみたらアナタがいたから……ね?」

もちろん、口からでまかせ。
包丁はバックの中に隠してある、そう、アンタの為にね。

アイツはしばらくあたしを見つめていた。 ……目が合っていた
……込み上げる吐き気を押し殺す

「アナタにあげたいものがあるの……このままお邪魔してもいい?」
あたしがそう言うと、アイツはにやけるような顔つきで微笑んだ。

難なく家に入り込むことが出来た。
その時からあたしは自分が凄い冷静でいられている事に少し驚いていたのよ。
何故かしら……そのあとすぐに起こる事もちゃんとわかっていたのに……

それはきっと、「覚悟」を決めていたのね。

部屋に入ると、アイツはベッドに腰掛けて話しかけてきた。
「何でそんな格好をしてるんだい?」

……アンタのせいよ。

そう叫びたかったのを抑えて。
「……気分転換みたいなものよ」

それは本心だった……と思う。

「あたし自身が変わりたかったのかもしれない……聞いてくれる?」

アイツは頷いた、あたしは話し始めたわ。
この話はエルデンスさん、あなたにも聞いて欲しい事かもしれない。



「あたしはね……うん、あたし自身の殻を破って変わりたかった。 でもね、現実そんなことできるなんて思わなかったしそんな勇気も無かったの。 馬鹿だよね……うん、あたしも分かってたよ。ちゃんと自覚してた。 だからあたしでも出来る方法を思いついたの。 ヒントを出してくれたというか、背中を押してくれたのはお兄ちゃん。凄いお兄ちゃんには感謝してるの。 見ての通り、あたしは容姿をすっかり変えてまるで別人みたいになっちゃったの。 この姿ならきっとあたしは「エレニー」とは別人のように振舞える。 あたしは生まれ変わる事が出来るんだ……そう思えるようになったの。 そしたら今度は新しい名前も考えたの、この姿の女の子の名前。 姿も立ち振る舞いも変わったら当然名前も変わってくるもんね。 聞いてくれる? あたしの新しい名前……「シエスタ」って名付けたの。 これが生まれ変わったあたしの名前……え? 変な名前? でもあたしは結構しっくり来ると思ってるし好きよ。 由来はね、「昼寝」って意味なの。スペイン語で「昼寝」……シエスタ。 そう、今のエレニーは昼寝中なの。 夢の中で生まれ変わったような気分になって好き放題やっちゃってるの。 夢の中の話は街の人は何も知らないわ。 うん、エレニーがシエスタだなんて事はだーれも知らないの。 いずれシエスタはエレニーに戻らなくちゃいけない。 そう、夢から覚めなきゃいけないの。 夢の中でいっぱいいっぱい希望をもらって、現実の世界でも希望をもって生きなきゃいけないの。 エレニーならきっとやってくれるわ。うん、シエスタはそう思ってる。
え? どっちもあたしなのにおかしい?
うん、アナタはそう思ってるかもしれないけどいいの、
本当は誰にも話したくなかったんだけどアナタになら話しても大丈夫かなって思ったから……

え?

何でだって?
そんな……決まってるじゃないの」










「アンタは今ここで死ぬからよ」










アイツはハッとして立ち上がり、辺りを見回した。
きっと目の前からいきなり姿を消したあたしを探そうとしたのね。
あたしの目の前でアイツはあたしを探しまわしてたわ。



覚悟は決まっていた。



背後から一突き
「うっ」という悲鳴
包丁を引き抜く
血が飛び出る
アイツは振り向く
あたしの姿は見えない
後ろに回りこんでまた一突き……引き抜く
一突き……引き抜く
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、
突く、抜く、

……………………


………………



…………




……





いつの間にかあたしは床に倒れるアイツに馬乗りになって
包丁の上下運動を繰り返していた。

!!

血まみれの床に倒れたアイツは身体をビクンと痙攣させた。

アイツは顔を横に向け、あたしを睨みつけた。
言葉にもならないような言葉を、
何も聞こえないあたしに向かって呟き続けていた。

あたしはどうかしてるのかもね、
その姿を見ても冷静でいられていた。
そのままあいつが動かなくなるのを待っていた。

けど、アイツはしぶとく生きていたわ。
まるでゴキブリね、ゴキブリ並の生命力……それだけがとりえのように……


あたしは我慢できなくなった。

「アンタは……アンタだけは……」



「死んでも許さない」



包丁を首筋に切りつけた。
頚動脈って一体どれなのか
そんなことはどうでもよかった。

おびただしくどす黒い液体がどくどくと流れ出た。



アイツはもう、動かなかった。










あたしはあの豪雨の中、傘もささずに家まで走ってきた。
思い出せないけど、たぶん包丁を片手に持ってたかもしれない。
あの時のあたしはとにかく達成感に満ち溢れていた。
あたしを絶望に陥れた根源を処刑した達成感
因縁を断ち切った悦び
得体の知れない解放感

あたしは解き放たれたの。





エルデンスさん、あなたのせいじゃないよ。
全部やったのはあたしだから。
エレニー、あなたは何も問われなくてもいいわ。
全部やったのはあたしだから。

シエスタが全部やったんだから。


エルデンスさん、本当にありがとう。
あなたの能力のおかげで処刑を滞りなく遂行する事が出来たんだから。
エレニー、本当にありがとう。
あなたがエルデンスさんを取り込んでくれたおかげで……
エルデンスさんがメインの意識の中で……
あたしは精神力を自在に操れるようになったんだから、
エルデンスさんの能力、「バニッシュ・クラスター」を自在に使えるようになったんだから!





もう誰も、あたしを邪魔する事は出来ない……
もう誰も、あたしを絶望に追いやる事はない……


あたしは自由よ!





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