インサイド・ジャンクション

第6週 削除

8月18日(月) 雨だけど晴天

……今日も相変わらずの雨模様が続いていた。
仕方ないのでエレニーの宿題を代わりに片付ける。

正直もうどうにでもなれって感じだ。

意識が混合してる……
エレニー……いやシエスタと。
いや、シエスタって言うのは勝手に名付けられた名前で
彼女が勝手に名乗り上げてるだけだから実際にはエレニーに違いないだろう。

何だか、いろんな意味でやる気が失せてきた気がする。
一昨日の一件のおかげで、いろんな感情が薄らいできたのが原因か。

エレニーが自分自身に関与できないはずの「融合寄生」状態なのに、
彼女はバッチリ目覚めてしまっている。

……もはや普通の「融合」状態化してしまっているんだ。
原因は精神的なことなんだろうか……過去の実績が無いから分からない。


分かる……感じているよ。

エレニー、
君は僕がこの日記を書いてる今も意識を混在させていて見えているんだろ?

うん、一緒に見てるよ。










意識を混在させてる状態なら日記を介さなくても大丈夫……ってことね。
エルデンスさん、さっきも言ったけどあたしは今のままでいいよ。

戻ろうと思えばあたしの意思でいつでも戻れるみたいだし……

うん、
そんなつもりさらさら無いけどね。
あたしは今のままでも十分幸せよ。
むしろ今の状態が一番幸せ

8月19日(火) みんな大好き?

あー、一週間もすれば忘れてしまったか。
君の意思でいつでも戻れると君自身は思っているみたいだけど
既に僕が「永久融合」を実行してしまっている。
今現在、元に戻る方法は無いんだ。

……まぁ、君も一緒に見てるんだからここに書く必要も無いんだけどな。



どうやら彼女は自分の意思で日記を書く気は無いらしい。
なんだ、代わりに僕に日記を書けというのか?

……もはや僕がここに日記を書く意味なんて無くなってしまったのに。



昨日の豪雨も昨夜のうちに晴れ上がっていたらしい。
お兄さんが「週刊少年VIP」を買ってきていた。
本屋で同じクラスの女子と会ったとぼやいていたけど
みんな読んでるのかこの雑誌……

うん、エレニーも好きらしいね。
え……シエスタって呼べ?

分かったよ、シエスタ。
なんとでも呼んでやろうじゃないか



今日は何故か夜になってもお兄さんが家に帰ってこなかった。
母親はさほど気にしていない様子。

……外泊か。

8月20日(水) 再発

ヤバイ……
今とてもヤバイかもしれない……



昨日から全く家に帰ってこなかったお兄さんが
今日の晩になってからやっと家に帰ってきた。

状態は……酷かった。
見れば分かる。
かなりの泥酔状態のご様子。

まだ母親が帰宅していなかったので僕が迎える事になったが
お兄さんは彼女らしき女性に引きずられて家まで連れてこられたらしい。

「そんな状態でしたらもう1泊させてもらっても結構でしたのに……」
僕はエレニーの声でそう言ったが、
お兄さんは今日は帰るとハッキリ言ってたようで
ともかくその女性はお兄さんを連れてきた。

当のお兄さんは意識があるのか無いのか混濁状態。
……でもまだ未成年だよな。
うん、気にしないでおこう……そう考えた。


僕はそのまま彼を背負ってリビングのソファまで移動して、
彼をそこに寝かせようとした



――その時だった。



!?



僕はお兄さんにいきなり抱きつかれソファに押し倒された。
お兄さんは寝ぼけたような顔つきで抱きしめてくる。
その時僕はいきなりのことで何がなんだかわからず固まっていると、
お兄さんの手が下のほうでもぞもぞと動いていた。
それと同時にお兄さんの顔が僕の目の前に……

これは――まさか――


「お兄ちゃん……あたしだよ、間違えないで」

無意識のうちに聞こえたのは僕が発した声だった。
そしてそれがエレニー……シエスタの意思で発した言葉だとすぐに気付いた。

「えっ……あぁ……すまんかった……」

お兄さんは寝ぼけまなこのままだったが勘違いに気付いたらしい、
エレニーの身体を解放してから、そのままソファで眠りついた。



僕は高鳴る鼓動を抑え、シエスタの部屋に飛び込んだ。



体がガクガク震えている。
冷や汗がじっとり出ている……
とりあえず気持ちを落ち着かせようと、日記帳を開いて今ここにいる。

何だよ……
お兄さんがシエスタを寝ぼけて彼女と間違えただけじゃないか。
それだけだろ?
なのになんでこの体が必要以上に動揺しているんだ!?

……!!

そういうことか

この感覚……再発するなんて

思いもよらなかった……





湧き上がる衝動……憎悪!!

8月21日(木) 浸透

お兄さんは昨夜の事は全然覚えてないらしい、
昼頃までソファでいびきをかいて熟睡していた。

駄目だ……
今でも震えが止まらない……可笑しいだろ?
すぐにおさまれよ!
何だよこれ……シエスタが震えさせてるのか?



……違うのかよ

彼女はもう大丈夫って言っている……

それじゃあ、今度は僕がおかしくなったのか? この精神状態は僕が僕で引き起こしてるのか? 彼女の体の中に居続けていることで僕の精神の中に何かが転移してきて 昨日の出来事で僕にその転移してきたものが発症して僕を苦しめているのか? 彼女がかつて苦しんでいた精神状態を今まさに僕が味わっているということなのか? まてよ……この憎悪……この衝動……別に彼女のお兄さんを嫌っているわけじゃない、断じてそんなわけが無い。 なのに僕は……ああ駄目だ、何故か分からないけど僕は彼女のお兄さんに拒否反応を示している。 昨日のあの時からずっとだ。お兄さんが近くに居ると感じるだけで体の震えが止まらない。 シエスタ……君もこうだったのか? こんな気分だったのか? 「アイツ」の存在を感じてるだけでこんなに心の震えが止まらなかったんだな? 分かったよ、今理解したよ……君は苦しかったんだな……


だから……だから……



君は「アイツ」を消したんだな?



そうか、なるほど、
君はそうして心の震えを治したんだね?

ということは、
同じようにして僕の震えも止められるんだね?
そうだろう?
僕もやるよ、
君と同じようにやってやるよ
君と同じように震えを止めるよ





消すしかない
君のお兄さん

8月22日(金) 邪魔

やるなら早い方がいい……
今すぐにでも彼を消さないといけない

そうしないとこの体の震えを止める事も出来ない。



なのにどうして君は僕を止めるんだ!?
君だって同じようにしたじゃないか!

……え?
実の兄妹だから?
それがどうしたって言うんだ
普通の生活をしていく上で障害になるものだったら
たとえ肉親であろうと邪魔なものは邪魔でしかないだろう?

君だって感じているはずだ
今の君と僕は一心同体
僕の痛みを君だって感じているはずだ
以前だってそうだった
君の痛みを同じように僕も感じていた

その痛み……とってあげるよ

だから邪魔はしないでくれ
君にそれを止める資格は無いだろう
君は僕の制止をも無視してアイツを消しただろう
それなら同じだろう
僕も君の制止を無視して君のお兄さんを消しに行くまでだ

敢えて言っておく

もう止める事はできないよ
もしこれ以上僕を止めるようなら……



…………



シエスタ、君も許さないよ

8月23日(土) 決意

もう駄目……
どうしてこうなっちゃうの?

……ごめんね、理由はわかってる。
あたしのせいなんだよね、
もともとあたしが撒いた種なんだよね

あなたと出会ったとき
明らかにあたしはおかしかった
でもあたしが治った瞬間
ちょっとしたきっかけで
今度はあなたがおかしくなってしまった

うん、
今のあなたはおかしいよ
でもあなたのせいじゃないの
あたしのせい

……風邪みたいなものかしら
人にうつしちゃうとけろっと治るあの風邪に

ちょうど思い出したの
あなたと出会ったとき
サモンカードという概念を教えられた時
あなたはこんな事を教えてくれたわ

ギャザー・プッシュオンしたセイントが
カード発動者の命令を無視した意志や行動をとってしまう現象

「パラサイト(寄生暴走)」
確かそう言ったわ。

今のあなたの状態がまさにそれになりかけてるのよ

多分あなたは自覚してないと思う
でも自覚してないからこそ「暴走」といえる状態なのよね



でもあなたが衝動のままに動くことは決して無いわ
だってあたしが今まともでいられるから
あたしがあなたの衝動を押さえる事が出来るから



でも困った事があるの……

それは今のあなたの精神状態を完治させることができないという事

抑圧は出来ても完全には取り除けない
この先ずっとお兄ちゃんに憎悪の感情を向けたまま生活しなくちゃいけないということ
しかもあたしがおかしかった時と同じように
エルデンスさんの精神状態は同じようにあたしを蝕んでるの……

一旦治ったあたしでも、
もう一度おかしくなっちゃうかもしれない……
一緒にお兄ちゃんに憎悪を向けてしまうようになってしまうかもしれない……

そうなったら、今度こそ本当に誰にも止められなくなっちゃうわ
もう一度……今度は罪の無い人を殺してしまうかもしれない


そんなことは絶対にあってはいけないことよ

絶対に止めなくちゃいけないことよ





でも大丈夫
解決方法は既に考えてあるから……



あたしがお兄ちゃんと居るからあたしの中のエルデンスさんがお兄ちゃんを消そうとしている……
あたしとエルデンスさんはもう離れる事は出来なくなった……





それなら答えは簡単です





あたしが……消えちゃえばいいんだ

8月24日(日) インサイド・ジャンクション

何か悪いことが起きそうだと思ったら、悪いことが起きない場所まで行ってしまえばいいんです。
最悪を逃れる方法があるのなら、その方法をおこなうのがいいんです。
目指す場所がわからないなら、納得するまで探し当てるのが一番いいんです。


あたしがやるべきことは、始めから何にも変わっちゃいませんでした。

今のあたしはサモンカードのセイント「ルーク・エルデンス」と融合している状態
そして彼の戻る器であるサモンカードが彼自身によって破り去られた「永久融合(エターナルギャザー)」状態


あたしはもう一度先週の彼が書いた日記を読み直しました。
そこにはしっかりと書いてありました。
彼自身が探し当てると言っていたけど……結局忘れていたこと

「永久融合」の解除方法
「再分離(リセイント)」によってセイントは再びカード化される……うん、間違いありません。

あたしの最終目標は「再分離」の付加能力を持つサモンカードを探し当てる事
そして、あたしがエルデンスさんと再び別離すること。
失われたエルデンスさんの還る器を再生する事なんです。

そうすれば、あたしの腐った精神とエルデンスさんが切り離されて
もうエルデンスさんはお兄ちゃんに憎悪を抱く心配もありません。
あたしという器からも離れるのでお兄ちゃんへの危害の心配もありません。

あたし自身の精神状態も平穏なそれへと戻ることが出来るはずなんです。





そう、だからあたしは消える事にします。
お兄ちゃんの目の前から姿を消す事にします。
あたしの目の前にもお兄ちゃんが映らないように姿をくらませる事にします。

あたしは……この家を出る事にしました。

お兄ちゃんの目の届かない所で……
お兄ちゃんの目の届かない姿で……
あたしは最終目標を目指します。

到達するまで家には帰れない……
到達するまでお兄ちゃんには会えない……

今のままでお兄ちゃんに会えば……
あたしの中の彼がきっとお兄ちゃんを殺してしまうから



これからしばらくあたしは独りになってしまいます。
あ、でもエルデンスさんが一緒だから寂しくないと思います。
エルデンスさんはさっきからずっと壊れてしまったままだけど
お兄さんから遠ざかる事で少しはまともに回復してくれるかもしれません
あたしの例もあるから最後まで絶対に帰ることは出来ないけど
絶対にあたしになら出来るはず……今度こそやるしかありません

でも望みはあります。
だって「再分離」というそれは確実に存在するものだと知ったから……
道のりは遠いのかもしれないけど、辿っていけば確実に到達できるからです。
そのためには……まずサモンカードを取り扱う「本部」を捜し当てないといけません



ちょっと長い旅になりそうです。
多分夏休み中には帰ってこれない気がします。
そしたら学校にも行けないのかなぁ……
でもあたしも夏休みの前までずっと学校行ってなかったし変わらないかな……
あたしを苦しめた根源はもう居なくなったから学校には行けると思う……

あっ、そういえば誰にも言ってなかったなぁ……
アイツの事も苦しみの元になった出来事も何にも……
お兄さんにもエルデンスさんにも誰にも誰にも……
その事を書いてた日記の部分も既に破り捨ててしまった後だけど
もう終わった事……そろそろ白状してもいいかもしれません

でもね、やっぱりもうちょっとあたしの中で封印しておくべき事だと思う
それが原因で……あたしが原因で……彼も原因で……
あたしはこれから旅に出るんです。
全部が終わって……全てが解決してからでも遅くは無いはずです。





あたしのこの日記も、
今日を最後にしばらく書かなくなります。

日記帳片手に旅をするのもちょっと変かな……って感じだし
この日記もあたしの部屋に置いていくことになりそう。
お兄ちゃんもあたしの部屋を探りはしないだろうし……
でもあたしが行方不明になっちゃったら分からないかも
ちょっとこの日記も隠しておく必要があるみたい。

一応、昨夜から今日にかけて必要最低限の準備はそろえたつもり……
って言っても大荷物で旅は出来ないから
財布の中身全財産ぐらいかしら……
お腹がすいたらその辺りのお店で食べ物を失敬すればいいことだし
大丈夫、あたしもあたしの意志で「バニッシュ・クラスター」使えるようになってるから
まずばれる事は無いよ……ちょっとドキドキするかも

それからお母さんやお兄ちゃんに対しての置き手紙も残しておかなくちゃ……
「探さないでください」
って感じでいいのかな……でも少しでも心配させないような内容にしないとね
この最後の日記を書き終わったあとに「置き手紙」を書こうっと。





最後に決意表明。
あたしはこれからサモンカードの関わる世界に入り込んでいきます。
もしかしたら他のカード持ってる人に出会うかもしれません。
7月の葬式の時に見た人たちに出会うかもしれません。
あたしにカードをくれたあの子に出会うかもしれません。
あたし達みたいに壊れた人に出会うかもしれません。

あたしはどんな事態に巻き込まれたとしても、
どんな状況に陥ろうとも、
どんな待遇が待っていようとも、
目標を目指して進みます。

もう決めちゃったから
決意しちゃったから

本部の内部に入り込んで
カードを取り巻く螺旋の中に関わっていく事になるでしょう。
あたしのこの旅に名前を付けるとしたら
……そうね


「インサイド・ジャンクション」

内部に接続……
あたしにちょうどあってます。

大丈夫、あたしは絶対に大手を振って戻ってくるわ
挫折なんて絶対にしない。
大丈夫よ、味方が一緒だもの
「バニッシュ・クラスター」という最強の力を持った味方が。



神さま……どうか罪なこのあたしを見守っていてください……
神さま……どうか罪なこのあたしの旅を成功に導いてください……

そしてどうかあたしを平穏な日常の中へ舞い戻れるよう手を差し伸べてください


あたしは生まれて初めて神に祈りをささげたかもしれません。
あたしの無事を祈って
旅の成功を祈って……





今ちょうど、「置き手紙」も書き終わりました。
出発する時にリビングのテーブルにでも置いていこうかと思います。





そろそろこの家ともお別れの時間がきたみたいです。
今ならきっとお兄ちゃんもお母さんも寝てるはず。
誰にも気付かれる事無く出発できそうです。

明日の朝皆が気付いてどうなるかは分からないけど
これはあたし自身の問題だから……


馬鹿な妹のせいで心配させちゃって
ごめんね、お兄ちゃん
ごめんね、お母さん

この旅を勝手に決めちゃって
ごめんね、エルデンスさん


それから、
こんな面倒な事になっちゃって
本当にごめんね、エレニー・キアニス


勝手に家出するシエスタから、
皆に謝っておきます。





それじゃあ……





行ってきます!





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