インサイド・ジャンクション

第12週 処刑

9月22日(月) 噂話

結局のところサイモンは今回の一件で大打撃をうけてしまったが
こちらは相も変わらずラウスの連絡も何も無い日々が続いている

だが、今日は様子が少し違って聞こえた
アンリは決して人と馴れ合ったりなどはしない
だから遠巻きにしか聞こえなかった話だから
決して確証が得られたわけじゃない
俺……アンリが気安く聞けるようなスタンスではない

だけど……俺にはハッキリ聞こえてしまった
学校に居る間に3度は聞こえてしまった


ラウスのガールフレンド"ティア・ニルステッド"の家に
ラウスが……転がり込んだらしい

学校には来ていないが……今は……

どうなっている?
ラウスは……いつからティアのところに?
いつまでどこで……何をしていた?

今この時点で……それを知る術は無い

ラウス……
俺のところには来ないのか!?

9月23日(火) 続・噂話

今日は遠巻きではなくすぐそこを駆け抜けていくティアを見た
学校に来て、友達にラウスの事を聞かれた途端

ティアは泣き出した
彼女はアンリやラウスとは別のクラスに居る
後で聞こえたことだが
彼女は授業には出ずに保健室で半日泣き続けたらしい

心配して様子を見に行った友達が全てを聞いて戻ってきた
ティアとラウスの間に起こったこと……
全てとはいっても……それは凄くシンプルな出来事だった

ラウスはティアに一方的に別れを告げて昨夜のうちに出て行ったらしい
ティアは泣きながら話していたそうだ

ラウスはティアと会うなり彼女を押し倒し
今まで見たこともなかったような形相で
首に手をかけられ、罵るような言葉かけられ……

半ば脅迫的に一方的に別れ告げられたらしい
聞くからに残酷……
だけど何故……あのラウスが?

というか
本当にラウスがやったのか?
想像できない……
あのラウスが……本当に……?

らしくない

9月24日(水) 濁流

今日もティアは授業に出席はしていないらしい
登校はしているようだが……



だけど……今日は……



夕方、ラウスが家に来た
やはりやつれている……
しかし以前よりも気迫を感じたのは気のせいだったのだろうか
全てを知ってしまったような……全てを見出したような……
居なくなる時より……明らかに生気が感じ取れた……


部屋に招きいれた後……俺には聞きたいことがあった

お前の母親は何故自殺なんかしたんだ?
お前は何故母の葬式の時に居なかったんだ?
お前は何故誰にも連絡をとっていなかったんだ?
お前は何故姿をくらませるようなことをしていたんだ?
お前は今まで何処に行って……何をしていたんだ?

お前は何故ティアにあんなことをしたんだ?



ラウスはしばらく沈黙した後……
重たい口を開いた

「俺は……」
まだ何か渋っているようだった

「俺はただ……」

「俺はただ、エレニーを救ってやりたいと思っただけだ
……ただ、それだけなんだ

普通に日常生活を送ることができること……
それさえできれば良かった

特別なことなんて無くていい

普通に学校行って……
普通にツレとつるんで
普通に家族と話したりして
普通に楽しくやれればそれでいいんだと……」



ラウスは淡々と話した
説得力があった
彼の今の境遇だからこその本音……


だが、答えになってない

「だったらラウス
何故お前は今姿を隠してこそこそとしていなくちゃいけないんだ?
お前にはそうしなければいけない理由なんて……」

……そこまで言ってから気づいた

ラウスは……俺に向けてにらみつけるように眼光を飛ばしていた
何でだ?
何でそんな顔をするんだ?
教えてくれ……!


「……駄目だ」
……え?

「……辛かった
何も知らなかった自分が……
今更になって知らされてしまったことも……」

ラウスは立ち上がった

「明日もう一度来る」
……どうしてなんだ
「一度冷静にならなくちゃいけない……」



そう言ってラウスは帰っていった
冷静にならなきゃいけないことって何だよ……
一体何があったんだ?
何か関係があるのか?
先週お前が姿をくらませたことに何か関係あるのか?

……わからない

お前は何をそんなに思いつめなきゃいけないんだ?
明日来るんだな?
明日全てを話してくれるんだな?
……わかったよ

ぶつけてくれ、俺に全てを

9月25日(木) 本音

ラウスは昨日の時間よりも少し早く来た
決意は固まっていた様子


俺は聞いた
「自宅には戻ってるんだよな」
……すると
彼は首を振った

「もうあの家には戻るつもりはない」


……何故?

「俺はお前が姿を隠したと言っていた先週……
俺はこの場所から少し遠い場所に居た
地名とか……そういうのは分からない
きちんと確認していなかった
そういう場所だったからな

今はちょっとした隠れ家みたいなところに居るんだ」


……おい、答えになってないぞ
何である家に戻らないんだよ



ラウスは少し黙り込んだ
……が、決意したように話し出す

「……母さんが教えてくれたんだ
俺が今まで知らされなかった……俺自身のこと

ちょっと考えてくれ
お前なら……きっと気づくはずだ」

ラウスは俺の顔を覗き込むようにして言った


「俺の家には親は『母さんしか』居なかった
俺を仕込んだ父親は……生まれた時から見たことがない」


……え?

ちょっと……まてよ……おい

いや、あり得ない
……そういう、ことなのか?
お前は?


「ああ」
ラウスはうなずいた


「俺の父親はセイント……そして俺は
セイントチルドレンだ」



しばらくあっけに取られていた
なんと反応したらいいのか分からなかった
ただ……そう簡単に信じられることではなかった

「俺だってあり得ないと思ったさ
ただ……母さんが言っていたんだ
夢かと思った……
母さんの口から……『セイント』なんて単語が出てくるなんて

エレニーが消えた時に……
もしかしたらカードの存在を思い出したのかもしれない

母さんは知ってはいたけど
サモンカードのユーザーじゃなかった
今も昔も触れたことすらなかったって……

きっとわかっていたのかもしれないな
サモンカードは決して人を幸せにはしないって
だから俺に普通の人間として生きてほしいと思って
それで今まで何も言わなかったんだ」

ラウスは一呼吸おいた

「そうさ……知らない方が幸せだったんだ……何もかも」

「妹も……エレニーもお前と同じチルドレンなのか?」

「俺も一瞬そうかと思った……
でも母さんは違うと言っていた……
アイツは、エレニーは純粋な人間だ

だから救ってやらなくちゃ駄目だと思ったんだ

呪いの力を持って生まれてしまった俺と違って
アイツは何の罪も無い純粋な人間なんだ!!」


付加能力……がラウスにとっては『呪いの力』……か


「ああ、サモンカードそのものが呪われた力だ
サモンカード……魔法のように便利な力……
それは全くの間違いだ
それら人知を超えた便利さに溺れて
間違った使い方をする人間がいるかもしれない
いや……
ほとんどの人間が間違ってしまうだろうな

現に!
エレニーは一枚のカードの魅力に飲み込まれて
殺人を犯してしまった!
その結果がコレだ!
幸せに生きていたはずの俺の家族は……皆ッ……!!」

ラウスの口から流れ出てきた言葉
それは俺の心に遠慮なく突き刺さってきた

その時、
ラウスが不意に俺に抱きついてきた
いや……俺じゃない
この身体は、アンリのものだ

「ハイウィスもだ……!
今は……無いんだろ?
コイツの意識は……」

ああ……いつ覚めるかも分からない眠りについている……はずだ

「こうなってしまった責任は……
ハイウィス自身には無い
そしてお前にも無い


『サモンカード』そのものだ」


ラウスは一呼吸おいてから……
「なぁジョルジュ」

俺を名指しで呼んだ
そして俺に問いかけた


「お前らセイントにとっての幸福って何だ?」

9月26日(金) 宣告

セイントとはくだけていえば幽霊みたいなもので
サモンカードとはセイントを封じ込める為のオリのようなものだ

セイントはひとつの独立した魂……
当然、感情・思考・思想・感覚・メンタルなど人間的な全ての
考えを持ち合わせている……当然だ
だが、ユーザーによってオリから放たれた時
それらの殆どはユーザーの都合のいいように制限され
その時セイントはユーザーに忠実な犬となる

当然セイントにとっては苦痛になる者も居るだろう
だが考えも全てセイントそれぞれ

『セイントにとっての幸福』なんてひとくくりに出来るようなもんじゃない

それをラウスに話した時、彼はただただうなずいた


「それじゃあもうひとつ確認しておく」
ああ、なんだ

「今のお前にとって、ハイウィスの幸せはお前の幸せ……違うか?」
ああ、その通りだ

「やっぱりそうだよな……分かった」

何が分かったんだ? 一体……
そう思っていた俺にラウスは言ってきた


「聞いてくれ、ジョルジュ
俺の最終目的はな……」



昨日は本当にいっぱい話した
彼の全てを聞き、そして俺も彼の全てを受け入れる事を決めた

放っておけなくなっていた
一緒だったんだよ……アンリもエレニーも……そしてラウスも
そして彼には目的が出来た
物凄く果てしない目的だ、正直絶望的だとも思える
だけど……何故か応援したくなったんだよ
もう俺の出る幕はなくなったのかもしれないなと……そう思えるぐらい



あの時、ラウスは言った
「俺の為に……ハイウィスの為に……死んでくれ」

そして俺はそれを了承した

9月27日(土) Outside Junction for me.

俺はサイモンの本部に行った
最後の挨拶をするために

今日を迎え入れたのはジェネだった
うん……いずれ彼女にも伝わるかもしれないことだろう
今は何も言わない


アリスタインと面会した
ワンダの片腕はもう元に戻らないようだが、既にリハビリに入っているらしい
クローバルを呼ぼうか、そうたずねられたが断った

あまり多くを話してはいけない
ラウスの希望だ


俺がサイモンに伝えに来たのはただひとつのシンプルなもの

「アンリ・ハイウィスは今後サモンカードとの関わりを一切絶つ」

そして俺も……
「ジョルジュ長岡」も今後サイモンに訪れることは無いだろうということも

アリスタインは驚き……
そしてたずねた、どういうことだと
「アンリ・ハイウィスは今後カードの関わらない、
普通の人間として生きていく……それだけだ」
俺は言った

そして俺は彼女のそばに残る最後のセイントだ



それだけを伝えて、俺はサイモンを後にした

これでいい、これでいいんだ

所詮「ジョルジュ長岡」は人間に適合しやすいように造られた
人工知能のプログラム……
そして俺と全く同じセイントが腐るほど多く存在している
その中でもたまたま俺はトレックに教育されて
他の「ジョルジュ」よりも少し利口になっただけのプログラムだ
俺一人が居なくなったところで世界は、組織はちっとも困らない

いや……
困る人がたった一人居るとすれば……彼女か

だけど、俺だって気づいていたさ
このままじゃ駄目だって事くらい
彼女はこのまま闇に溺れていくようなことはあってはならない

アンリは……普通の世界で生きるべきなんだ
少しかわいそうだったから……そうやって俺が手を差し伸べたばっかりに
アンリは今深い眠りの中
俺は彼女の元から離れ、
彼女はサモンカードとの一切の関係を絶ってしまわないといけない

そして俺が居なくなった後……
彼女の体に残るのは
彼女自身の魂だけだ



その後は……彼が全てうまくやってくれる
最後の最後に……彼が目覚めさせるんだ

アンリ・ハイウィスの魂を


まったく……
ラウスにその方法を聞かされたときは本当にビックリした
まさか……ラウスが……既に

『リセイント』を手に入れたなんてな


先週末のガルガンチュア襲撃計画
それにサイモンが向かった理由がその時分かった
そしてその時サイモンより一足先にガルガンチュアを全滅させたのが……
ラウスが一時的に加わっていた『セイントセイダース』という集団

ガルガンチュアは『リセイント』の能力を持った子供を監禁していたらしい
『リセイント』を持った子供なんて……
俺にはリーガレットのせがれぐらいしか思い浮かばないわけだが

とにかく、サイモンは事前にその情報を入手し
その『リセイント』持ちの子供もろとも手に入れようとした
……というのがガルガンチュア襲撃の根本的な目的らしかった

が、その情報をサイモンよりも早々と手に入れたのが『セイントセイダース』だ
そしてサイモンよりも一歩先にガルガンチュアに襲撃し、
そして『リセイント』持ちの子供を手に入れたようだ


そしてその子供をラウスが連れて『セイダース』を抜けてきた


それが、ラウスの先週の動向だった
何をやっているんだ……と突っ込みたくはなったが
それも彼なりの決断だったんだろう
そして俺のところに来た

だが、聞いたところによると
そのリセイントの子供はトレックの子供、レガシーでは無かったらしい
そもそも、レガシーは『リセイント』のカードを持って行方をくらませている人間だ
そしてレガシーは今もなお行方不明
だが、こうやってリセイントを手に入れたということは事実



ラウスは、アンリの眠りを覚まさせることが出来るということだ
この機を逃すわけが無い
俺もアンリの目覚めを頼むことにした
そして俺も彼女のそばにいる必要がなくなったんだ


アンリが目覚めたら……何を想うだろうか
もう……大丈夫だろうか

手紙でも残しておいてやろうかなと思った
あまりいい事なんか書けないけど……
それでも彼女の背中の後押しになってもらいたい
いや、大丈夫か
その役目はラウスがうけおってくれるはずだ



ラウスは日曜、家にやってくると言っていた
……明日だ

ラウスは明日、俺を殺すために来る
そして……
ラウスは明日、アンリを生き返らせるために来る



それでいい
それでいいんだ



それこそが、俺にとっての『幸せ』だから

9月28日(日) Outside Junction for you.

彼女は安らかな表情で寝息を立てていた
目覚めるまで……しばらくその寝顔を眺めていた
起こしてやるべきだろうか……
しばらくそっとしておいてやるべきだろうか……
そんな事を思っていると、やがて彼女は目を覚ました

目が合った

その瞬間彼女は飛び上がるように驚き後ろの壁に頭をぶつけた
「~~……ッ!」
声に出さずに頭を抱えて痛がった

痛がりながら俺のほうを見て
唇を小さくぱくぱくとさせている

……誰? なんで私の部屋に居るの?

とでも言いたげだが声に出せない感じ

「キアニスだ」
聞かれる前に答えた
彼女はしばらくボーっと眺めていたが
突然ハッとしたようにうつむいた

「おはよう」
そう彼女に言った

彼女はうつむいたままもじもじとしていた

俺は全てを終わらせた、そして彼女は目を覚ました
もはやその姿に……
あの高圧的な彼女の面影は無かった
かつての……俺が気にも留めなかった
本来の彼女がそこに居た

俺は彼女にデジタル時計を差し出した
「今日は、何日だ?」
彼女はそろそろと時計を手に取り、
日付を確認した
「!?!?!?!?!?」
彼女がその日付に目を疑ったことはすぐに分かった

「ぇ……ぇっ……え?」
「長い間眠っていたみたいだな」

彼女は今何を考えているのか
何処までの記憶があるのか
何を覚えているのだろうか
眠りついたことによる障害はあるのだろうか
……俺には何もかもが不明確だった

「教えてくれないか? ハイウィス
お前はどこまでの出来事を覚えているんだ?」

彼女は目をウロウロさせながら小さく小刻みに首を振った
分かってる……俺を怖がってるんだろ
仕方ない、眠る前までの彼女は知らなかったんだ……何もかも

「大丈夫だ、俺は全部知ってる
問題は……ハイウィスが何処まで覚えているか……それだけだ」

「ぇっ……駄目……ッ!」

俺は彼女を抱きしめた……強く
彼女は身体を硬直させた
彼女の鼓動が高鳴っているのが肌を通して感じられた
彼女の体温が上がっているのが肌を通して感じられた
しばらく、そのまま……
次第に彼女の硬直がだんだんと解けてきた

「ジョルジュは……君が寝てる間に居なくなった
けど、ハイウィスが望むなら……
俺が彼の代わりになってやるよ」

彼女の身体がピクッとうなる
……そう
彼女が必要としていたのはコレだ
久しく感じていなかったであろう……ぬくもり
ジョルジュが彼女を勇気付けていたのなら
彼を殺してしまった今……
俺がその代わりをしてやらなくちゃいけない

「ジョルジュ……?」

そう、彼だ……思い出してきたか……







「ジョルジュ……って、誰?」





……え?
「お前……まさか……何も」……覚えてないのか!?




「ご……ごめんなさい」
「いや……謝らなくてもいい」
「……ごめんなさい」

「教えてくれないか?
お前は眠る前……何をしていたか覚えているか?」

「わからない……ごめんなさい……
何も……覚えてないの……」

「それじゃあ……何日までの記憶ならあるんだ?
どんな……些細なことでもいい
どんなテレビを見たとか何を食べたとか……そんなことでもいい」

「……夏休みだった」
「え?」
「私……夏休みだと思ってた……
なのに……目が覚めたら……もう9月の終わりだったの……
可笑しいよね? ……可笑しいでしょ」


バカな……
彼女が意識を捨てたのはフェルシーに襲われた9月2日……
それまでは意識はあった筈なのに……

……まてよ


「まさか……公園で何か拾ったとか……そんな覚えも無いのか?」
「私……公園なんか行ってない……」


……馬鹿な!!


ハイウィスがジョルジュと出会ったのは……!
ハイウィスがリーガレットの姿を見たのは……!
あの公園だったはずだ!

彼女にとっての全ての始まりの場所であり
絶対彼女の記憶の中にあるべき場所……!!
あの日、俺も一瞬だけどハイウィスを見ていた……

彼女だけじゃない……
俺も……ジョルジュも……知っていた
確かにあの日……ハイウィスは公園に居た!



だけどそれを覚えてないって事は……





俺は抱きしめていたハイウィスの身体を放した
途端にハイウィスの身体が力なく崩れた身体をもう一度支える

「本当に……何も覚えてないのか……?」

ハイウィスは小さくうなずいた



……わからなかった
正直どうすればいいのか……
どう言えばいいのか……まったく……



しばらく目が合ったまま沈黙が続くと
ハイウィスから身体を寄せてきた


「こうしてても……いい?」
俺はうなずいた





「夢……見てた」
「え?」

「凄く怖い夢……
誰なのか何なのか分からないんだけど……
凄く怖い何かからずっと逃げ続けなくちゃいけない夢……
何処に逃げても、何処まで逃げても
それはずっと私の後を追いかけてたの……
夢なら覚めてって思ったことも何度もあったけど……
全然終わらなくて……

私……変だよね……やっぱり」



俺は首を横に振った
……………………
「……そいつだ」
「え?」
「そいつがずっとお前を苦しめていたんだ
記憶を、削り取ってしまうほどに……」

ハイウィスは身体をこわばらせた
「やっぱり……私……おかしくなっちゃった……の?」

「そんなことはない!」
俺はとっさに言い聞かせた
「お前は今目覚めてるじゃないか
確かに……おかしくなったかもしれない……
だけどな、
それはもう完全に治ったんだ、お前は
もう心配しなくてもいい
何かにおびえることもしなくていい
覚めない夢に恐怖する心配も無い

俺が誓ってやる
お前はもうその夢を見ることはないから……
誰に追われることも無くなるから……

お前は……もう……自由だ……」

途中からまともに声が出なかった
その時は、分からなかった


「なんで……あなたが泣いてるの?」


……いつの間にか泣いていた
何故だろう……
そんなの、答えなんて、もう分かってるのに


「俺の……妹に似てるんだ
お前の置かれていた境遇が……
どうしても重なってしまう


救って、やりたかった」


「妹……って?」
「お前と同じだ
そしてお前よりが眠りについたときよりもずっと前から……
眠り続けている……今もずっと」
「え……」
「ハイウィスが寝てる間にいろいろ状況が変わった
俺の状況も……妹の状況も……すっかりな、
お前は多分知らないはずだ」

彼女は目をぱちくりした
「妹は眠り続けたまま行方不明になった
俺はアイツの目を覚ませてやりたい
そして、お前も眠っていたから……
目を覚ませてやった」

「眠ったまま……行方不明……」

俺は少しこの先のことを話すのを躊躇した

「『眠る』ってのはお前自身の心のことだ
ただしその身体は別の何かがとり憑いて
眠ってるんだけど普通に行動したりするんだ

そして、お前はそうなっていた
お前が目覚めるさっきまでも
『ハイウィス』は今までどおり普通に生活していたし
ちゃんと学校にも行っていた

……妹もそうなんだ
妹も眠り続けながらとり憑いた何かによって行方をくらました

俺は……アイツを目覚めさせなければならない」

「え……私も……そんな……なんで……ッ!」

「大丈夫だ!
お前に憑いていたヤツは
完全に俺が取り除いた! 排除させた!
もうお前に悪い何かが取り巻くことは絶対にない!
だから!
……安心するんだ
お前は何もかもを気にすることなく普通に生きればいい

頼むッ
それが、本来お前がするべき生き方で……
それが、俺のお前に望む生き方だ……」





「……わかった……よく分からないけど」
彼女はうなずいた

「!! ッ……ねぇ……まさか……

さっき言ってたジョルジュっていうのが私に……」


俺は観念した

「そうだ、ジョルジュという名の魂がとり憑いていた

ヤツはお前の守護霊になると言っていたし
お前の記憶がない時のお前もそれを望んでいたらしい
だが、そのジョルジュという魂の存在自体が
悪いものを導いてしまう呪いの存在だったんだ

結果的にジョルジュはそれ認めてお前のもとから消える事を決めた
そして俺は……さっきまでそれを手伝っていた」

「……………………」
彼女は口をあんぐりあけながらビックリしたような顔をしていた

「だけど、
今話したこと……俺の妹のことや、ジョルジュのことは今後一切口にしてはだめだ
お前は何も無かったように普通に生きればいい

彼も……お前がそうなる事を望みながら消えていった

お前は……望まれて目覚めることが出来た
それだけは……覚えておいてほしい」


彼女はもう、ただただうなずくだけだった




「お前が引っ込み思案だということは……もう知っている
俺だけじゃない……お前に関わっている誰もがな
だけど悲観はするなよ
そんなもんは生き方次第でどうにでもなっちまうんだ
お前がもし望むのなら……その時は勇気を持て
その勇気はいつか、お前自身の守護神になってくれる

別に背負えなんてことじゃないけどな
お前の今後に期待しているんだぜ?」

俺は彼女の肩をポンとたたき立ち上がった
「お前を守ってくれる人はいっぱいいる
……俺も、な」


ハイウィスはぽかんとしていた
これ以上長居しても俺の口が滑ってしまいそうで怖い
そんなことは……無論するつもりは無いけど


俺はそのまま部屋から出ようとして……
「……そうだ」

ひとつだけ……彼女に頼んでおきたいことがあった



「近いうちに……いつでもいい
アイツに……伝えておいてくれないか?」


「何を……誰に……」



「愛してる、今もずっと」



ハイウィスは顔を赤らめた
そしてすぐに顔をぶんぶん振る
小動物のようなやつだ本当に


「誰なのか……知らないか……
まぁ、じきにわかるさ

頼むな」



ハイウィスはうなずいた



「それじゃあな、俺はこれで」





そう言って俺はハイウィス家を後にした

もう、俺は二度とここに来ることはないだろう
足早に駆け出した


結局……ハイウィスには言わなかった
言えなかった……言えるわけが無い

彼女はもうサモンカードという概念から解き放たれたのだ
誰であろうとも、彼女を再びこの呪いの世界に引きずり込むことは許されない

エルも……必ず救い出す
後のことは、後になってから考えればいい
今、俺は俺の信じる道を行くだけだ




そう、俺は生まれつき呪われた人間
この呪いの世界、潜行していくのは俺だけでいい





- 続・俺の日記 -

エピローグへ続く






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