インサイド・ジャンクション

第10週 残骸

9月8日(月) 収受

昨日約束したとおり、放課後に彼は家にやってきて
例の一式を俺に渡してくれた

彼の日記……
そして彼の妹の日記とフォトアルバム

俺自身もその詳細が気になった……のはもちろんだが、
それ以上に嫌な予感がした
彼に日記を直ちに止めることを勧めた

そして俺に預けてくれ……そう提案した
お互いに信用しようと持ち出してきたのは彼自身だ
彼が断る理由はないし、俺もここは信用しようと思った

俺も彼も同じように爆弾を抱えていたんだ
偶然とはいえ、繋がりを持つことができたのは不幸中の幸い
そして俺と彼が繋がっている事は誰も知らないし、知られてはならない
繋がりをもつ理由も含めて……

彼に日記をやめるように勧めた理由は
もし彼自身に何かが起こった時
日記の存在が彼の首を締めてしまわないようにする為……

本当であれば焼却処分ぐらいが最良の措置だが
目指している先が同じだった以上、
持っている情報は共有するべきだと思い
俺が預かる事にした


しかし日記を書くなんて……
想像もしていなかったが
彼にやめろといった以上……日記を収受した以上……
俺が代役でも務め上げるべきかと感じてしまったから
今こんな風に彼の日記の続きに筆を走らせている

大丈夫だ
この場所に危険な手は忍び寄ってくる心配は今のところ無い



今のところは……な

9月9日(火) 証拠隠滅

まさかとは思っていたが……
面白いぐらいに思ってたことが的中するとは思わなかった


今日夕方彼が来るなり
「ありがとう! マジ助かった!」
そう俺に向かって言った

ホントのホントにギリギリセーフ

早朝、警察が彼の家にやってきて
アポ無しで家宅捜索に踏み切ったらしい

彼の妹『エレニー』の学校の教師
『ブルーノ・ブルーフェス』殺害事件の容疑者が
遂に特定されてしまったらしい

容疑者は『エレニー・キアニス』

現在行方捜索中とされていたエレニー
これまでは家族が捜索依頼していたかたちだが
今度は警察が指名手配のかたちで追うことになってしまったらしい

彼……いい加減名指しでもいいだろう
ラウスと母親はその時初めて容疑者として特定された理由を
警察から聞かされたようだ
……ラウス自身相当ショックだったらしい
それでも全部俺に伝えてくれた事は本当に感謝しなくちゃならない


エレニー……彼女は……

ブルーフェスに性的暴行されていたらしい


被害者の住んでいた自宅アパート室内を
既に警察が捜索しており
その時点で部屋から暴行に関する証拠物件が多数押収されたらしい
教師ブルーフェスはその際に撮った写真で彼女に口止めを強要
その為彼女のストレスが爆発し殺害に及んだ
……というのが警察の分析だそうだ

そういった理由で
ブルーフェスは婦女暴行の容疑で死亡のまま書類送検
芋ヅル方式と言っていいものかどうか、
その流れでエレニーが容疑者と推定され、
容疑者行方不明のまま家宅捜索に至った
……というわけだ


今朝は母親だけが家に残り
ラウスは学生ということでそのまま学校に登校
下校直後にここアンリの自宅にそれを伝えにきてくれたらしい

"助かった――"

ラウスはそう言った
何と言っても家宅捜索だ……
エレニーの部屋だけでは済まされないだろう
ラウスの自室も含めて……隅々までガサ入れされるであろうことは想像に難くない

ホントのホントにギリギリセーフ

日記とフォトアルバム……
それを俺に預けてくれた事で
決定的な証拠だけは隠滅できた

それと同時に
サモンカードという情報の流出も防ぐ事が出来た

懸念材料の一つとして……
このパターンを恐れて俺に預けるように言ったが
見事にジャストヒット

結果オーライだ

2人の日記は読ませてもらったが
もはや2人いずれの日記も
ブルーフェス殺害の容疑者を特定する決定的な証拠になる
今現在警察には既に確定レベルで疑われているが
さいわいにも証拠だけは出てきていない

彼女の境遇は依然としてヤバイままだが
とりあえず一難は無事に去ったと考えていい

俺も他人ながらホッとしている
良かった


うん、これで良かった

9月10日(水) 無断欠席

ラウスには既に話したことだけど
最近アンリに永久融合しているのはフェルシーの方だ
俺がそのままアンリの中に居てもいいのだけど
フェルシーは同じ女だということもあるし
いざという時、俺よりもずっと強力な付加能力を持っている
……ということで俺は学校でもアンリのポケットの中に
カードに封印された状態でずっと眠っているわけだ。
そして帰宅後は俺がアンリの中に入る
幸いなことにアンリの体に新鮮な記憶は染み付いているから
「トレード」でフェルシーと入れ替わっても
その日学校で何をしたのかは自然と俺の脳にインプットされるのだ

……で、どうしてこんな暇なことを今日は書いているのか……だが

今日は肝心のラウスが学校に来ていない
担任いわく欠席の連絡も入ってないらしい

家宅捜索が家に入ったのは昨日聞いたが
思い当たる証拠物件は全て俺が所持している

彼自身に疑いの目が及ぶことはまず無いはずだ
彼の家に決定的な証拠は何も無いはずだ
ラウスを心配する必要など無いはずだ

だけど……
少しアイツが心配だ……

9月11日(木) 確定

夕方、家に転がり込んできたラウスは少しやつれた顔をしていた

昨日休んでいた原因は……
母親とともに警察で事情聴取を受けていたからだそうだ
まだ証拠も出てきてないのに……
俺が彼にそういうと
彼は残念そうに首を横にふった

意外、予想外……想定外
一昨日の家宅捜索で…… エレニーの部屋から証拠物件が出てきてしまった

その証拠物件とは……

エレニーの書いた7月13日以前の日記帳……!!

俺が預かっているのは7月14日以降の日記帳
彼女がもう読み返すことの無いように……
破り捨ててもう存在しないはずの失われた日記を……

警察は発見してしまった
エレニーの机の引き出しの一番奥底に眠っていた
あってはならない日記帳を……!


ラウスも母親も
それを押収した警察から読ませてもらうことを拒否された
ただ、要約して内容は聞かされたそうだ

友達と遊びに行った時の楽しかった思い出……
優しい担任の先生の話……
部活の顧問が担任だったという驚き
優しい後輩
厳しい練習
頼もしい先輩
頑張った定期考査
煩わしい梅雨
憧れの先輩
充実した学校生活……
……先輩と顧問のトラブル
先輩に加勢した
担任の目に寒気を感じた
担任に呼び出された
今までに見たことも無いような笑顔に寒気
押し倒された……無理やり
あたしの初めて……
写真を撮られた
「バラ撒くぞ」「嫌だっ」
誰にも言えない……
先輩も……友達も……
冷たい目で……
顔向けできない
学校に行きたくない
もうあたしの居場所が……
死にたい死にたい死にたい
アイツさえいなければ……
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

   み   ん   な   死   ね


要約を聞いただけでも迫り来る狂気と殺意
十分に殺害の証拠とも取れる内容だった

現実ではその後、心を入れ替えて立ち直ろうとするのだが
……それを知ってるのは俺とラウスだけだ
当然ながら警察はそんなこと知る由もない

母親は泣き崩れた
ラウスは絶句した

事情聴取もまともにできないほどに
エレニーの真実の過去を知ってしまった
結果的にエレニー自身の容疑がほぼ確定してしまった

まだ世間には隠し通されているはずだが
いずれ広まってしまうだろう
そうなったら時……
キアニスの一家はどうなる?
こいつはどうなる?
母親は?

様々な考えが脳をよぎった
だが、キアニスの家族はそれ以上に混乱している

ラウスも落ち着き払った態度をとっていたが……

恐ろしい事態になってしまったのかもしれない
エレニー……
こいつは無事に全てが終わったら家に帰ると言っているようだが
……本気でそんなことができるとでも思っていたのか?

状況は最悪の方向に向かってる

9月12日(金) 着信履歴

夕方に家にやってきたラウスはさらに明らかにやつれた様子を見せていた
フェルシーも言っていたが事情聴取の日からまったく学校にも行ってないそうだ

部屋に居るときでさえラウスの携帯は引っ切り無しにバイブしていた
着信履歴は彼らの友達や彼女でビッシリ埋まっている
その度にラウスはいつも通りの調子のいい声で
「なんもねーよ!」
「風邪ひいただけだって!」
「来週からはちゃんと学校も行くし!」
電話の相手にも平静を装ってた

何も無いわけない、状況はヤバイ
それでも必死に耐えるラウスを見ていて
俺はかわいそうに思えてきた……

「しばらくここにも来ない方がいいだろう」
俺はラウスにそう言い放った

アンリとラウスが繋がっていることは
警察はもちろん、誰一人として知られるわけにはいかない
ラウスが家に来るところを、いつか目撃されてしまうかもしれない

それに彼が学校に来ないのは
冷静じゃなくなった母親をなだめるため
俺はまだラウスの家に入ったことは無い
恐らく行くこともないだろう

母親はラウス以上に情報が無い状態で
いきなり現実を押し付けられた
……耐えられるわけが無い
ラウスは母親のそばに居てやらなければならない

ラウスに諭した
なぜか正直にうなずいた彼の表情は
やつれていて、悲しそうで、とても痛々しいものだった

9月13日(土) 家庭訪問

ラウスの家に行くことにした
こっちに来るなとは言ったものの心配は絶えない
……だがアンリがラウスの家に行くのはマズイ

フェルシーの力を借りることにした
うん、これは名案
……というよりこれしか手は無かったというか

アンリにジャンクション要素を付加した
融合召喚時の「トランス」ジャンクションでは
ユーザーの姿をセイントに似せることができる
レイドがフェルシーを学校に送り込んだときの方法と一緒だ
しかもラウスの元担任という口実も作れる
誰かに目撃されたとしても危険は無い

ラウスの自宅の場所はフェルシーが覚えてくれている
難なくフェルシー先生はラウスの家に向かった
……バッグの中に解放した俺を仕込ませて

キアニス家は少し小さな木造一軒家だった
ノックをしてみた……反応ナシ
ドアノブまわして開けようとした……施錠されてる
中から物音は聞こえてこない……
……二人してどこかに行っているらしいな

あまり深入りしようとも思わなかったし
帰ろうと振り返ったら……
そこには一人、女の子が立っていた
見たことの無い顔……ラウスのクラスメイトではない

「もしかして……先生ですよね?」
彼女はそう話しかけてきた
「私……キアニス君の……友達の……ニルステッドと申します」
ニルステッド……
思い当たる節は無いが……ファミリーネームってとこか
「……キアニス君のガールフレンドね」
「……ハイ」
フェルシーの問いかけにうつむきながら答えた
ラウスの日記にはファーストネームで「ティア」と呼ばれていた彼女
やはり……

「彼が学校に来ていないって噂は本当だったのね」
知っていながら彼女に問いかける
彼女はうなずく

「キアニス君……最近おかしいんです
電話してもぜんぜん出てくれないし
メール何度送ってもぜんぜん返してくれないし
挙句の果てに……」

彼女の言葉が一瞬止まった

「昨日からずっと圏外なんです!
何度かけても! 何度かけても!
電波が届かない! 電源が切れてる!
もしかしたら……着信拒否っ……!」

彼女が崩れ落ちそうになるのを支えた
「考えすぎよ!」
フェルシーは彼女に諭す
「だってもうずっと無視されてるんだよ!!
私嫌われちゃったああああああぁぁぁ……」

……
かける言葉が思いつかなかったようだ
全てを知っているからこそ言えないこともある
それは俺たちだけではなくラウス自身も感じていたことだ
だからラウスは、彼女にさえ決して打ち明けることをしなかった

フェルシーは彼女の頭をポンと小突いた

「キアニス君はしっかりした子です
あなたのことを無視するようなことは無いはずです
今は何か没頭したいことでもあるのよ
だから……彼のことを信用できるなら……

待ちなさい
彼があなたの前に現れるのを」

彼女は涙を拭きながらうなずいた
「ありがとうございました! 先生!」

そう言って去っていった

ラウスは結局アンリの家には来なかった
……ラウス、お前はいったい今何を考えているんだ
どこで何をしているんだ

9月14日(日) 崩壊

ラウスの母親が自殺した

ことに気づいたのは救急車の音だ
案外近くを走ってるなぁと思ったから
アンリの姿のままで野次馬のように救急車の行く先を追いかけた
……そしてたどり着いたのがキアニス家だった

まわりの野次馬の話を聞くに
家の中で母親が首を吊っていたらしい

第一発見者はティア・ニルステッド
アンリはラウスとは無関係……という表向きの前提がある以上
俺は遠巻きにしか眺めることはできなかった

ラウスの姿を見たものは居なかったらしい
ティアは……事切れた母親しか発見できなかったそうだ

ラウス……まさかお前も?
冗談だよな?
何があったんだよ!
俺が居るだろ!
教えろよ!!

どこに行っちまったんだよ……ラウス……





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