インサイド・ジャンクション

第3週 聖徒

7月28日(月) リリース


今日こそは昨日のあの人の正体を見極めてやります。
出来れば夢でなかった事を祈りながら
誰も居ない丘陵で昨日のように
呪文を片っ端から言っていきました。
昨日は考えながら言ってたけど
その中のどれかなんです、
印象強く記憶していたので
全部言い終わるのにそう時間はかかりませんでした。

いい終わり、深呼吸してから心の中で
いくぞ……1……2の……

さん!
と言って後ろを振り向きました。



……
あれ?
いない……

やっぱり夢だったのかしら……
そう思って視線を前に戻しました。



!!

その人はあたしの目の前に立っていて
あたしを見て微笑んでいました。
片手に持っていたカードと見比べます。

……一緒だ、一緒の人だ。

エルデンス……さん、ですか?

その人はにっこりと微笑みながらうなずきました。
「そのとおり、僕はエルデンス……だ」

目の前にカードの中の人が立っている。
今度こそは夢じゃない……
間違いなく……そこに居る。
落ち着け……落ち着けあたし!!

一度深呼吸しました。
あなたはこのサモンカードの中の人なんですよね……?
「イエス」
エルデンスさんは優しく応えてくれました。
「正確に言うとカードの『セイント』と言うべきかな……」
……せいんと?
「ああそうだ、このサモンカードに刻印されている者のことを
まとめて『セイント』というんだ。
君は、この様子だときっと初耳だよね」
あたしはうなずきました。

でもまさか……本当にこんな都市伝説のような話が……目の前で……凄い。

「きっと君は驚いてるだろうね、こんなものが存在するなんて知らなかったハズだ」
あたしはロボットのようにうなずくばかりです。
「それじゃあ君にいきなり色々教えるのはストレスが多いかもね……
現に昨日も君はすぐに気絶してしまった」

え……それじゃあ昨日の出来事はやっぱり……
「そうだ、夢じゃあない」
……やっぱりそうだったんだ……よかった……

「本当は昨日に色々話したかったんだけどね……
君が気絶しちゃったから僕も消えてしまったんだ」
あなたも消えちゃったんですか?
「そう、このサモンカードって言うのは使った人の心に呼応するように出来てるんだ。
君の意識の持ち方によってセイントが居られるかどうかも変わってくる。
通常、気絶したり寝てたりしているときはセイントは出てくることが出来ないんだ」
……凄いですね、このサモンカード、
「ああそうだ、非常に便利なアイテムなんだ、使い方によっては善にもなれるし悪にもなれる」

……善? 悪?

「その辺りも含めて、続きは明日にしようか」

うーん、色々たくさんあって覚えきれないかもしれません、明日がいいかもしれません。

「それじゃあ最後に大事な事を1つ、
君は偶然コレを手に入れてしまったけど
本来サモンカードは世の中に知れ渡ってはいけないものなんだ、
持ってる人たちはこれを一般には知られないように秘匿しながら使ってる
君は少なくともコレだけは守らなくちゃいけない……誰にも言っちゃ駄目だよ
当然、君の友達にも……家族にも……」

それなら大丈夫です、
誰にも話そうだなんて思わなかったし
話す相手も今は居ません……
言われなくてもそのつもりでした。

「そして少なくともこれは覚えておいてほしい、
僕を呼び出す呪文は『リリース』だ
昨日今日のように頑張らなくてもいいよ」

そう言ってエルデンスさんはカードの中に吸い込まれていきました。
エルデンスさんが特殊映像のように歪みながらカードの中に消えていく姿は
少し滑稽で、ちょっと吹きだしてしまいました。

サモンカード……やっぱり凄いものみたいです。
こんな凄いもの貰っちゃったけど……あの男の子は知ってたのかなぁ……

そういえばあの男の子の名前も聞いてませんでした。
エルデンスさんなら知ってるのかな……明日聞いてみようと思います。


7月29日(火) 付加能力


「リリース!」
昨日教えられた呪文を一度口に出すだけで彼は現れてくれました。
「ありがとう、やっぱりここでやってくれたね」

……いつもの事だけどここは丘陵。
エルデンスさんはサモンカード使用者の秘匿のルールをしっかりと守ってもらいたいみたいです。
うん、そこは大丈夫。
あたしの部屋では呼び出しません。
ちょっと寂しいかもしれないけど……
お兄ちゃんやお母さんに気付かれちゃう可能性もあるし……

今日はエルデンスさんにいっぱいいろんなサモンカードの使い方やルールを教えてもらいました。
何だったっけなぁ……「リリース」に始まって、
「ギャザー」「プッシュオン」「パラサイト」、「疲労転移パターン」や「共鳴音」……
これはビックリしたなぁ……便利というかいい意味で恐ろしいと言うか……
あと、体力を対価にする事や、疲労の蓄積で死んじゃう危険性とか、
もう本当にいっぱいいっぱい教えてもらいました。

他にも「リセイント」や「エターナルギャザー」なんて使い方の意味も教えてもらったり……
でもこれはあたしでもあまりやってみたいなとは思えませんでした。
「ジャンクションシステム」なんてのもあるらしいけど、
エルデンスさんのカードしか持ってないあたしには出来そうも無い事みたいです。

中でも一番ビックリしたのは「付加能力」
セイントさんたちはひとりひとり凄い能力が備わっているみたいでエルデンスさんももれなく持っていました。
他にどんな人たちがどんな能力を持っているのか分からないけど、
エルデンスさんの付加能力は間違いなく凄いです。

その付加能力は……

「透明人間になれる能力」

詳しく言えば、
自らの存在を一時的に消し去る事のできる能力……ってエルデンスさんは説明してくれました。
凄いよ……要するに姿を消せるって事なんだよね……

エルデンスさんは昨日まで、リリースで出てきた直後、この付加能力を使ったみたいです。
なるほど……
だからすぐには気付けなかったのね。

あたしも試してみたい、そう思いました。
セイントと合体できる呪文「ギャザー」を使えばあたしも透明人間になれるみたいです。
面白そう……
でもエルデンスさんは首を横に振りました。
「君にはまだ付加能力を使いこなせないと思う」
どうやら、付加能力を使うのには精神力というのを使うらしくて、
あたしみたいに普通の人間には備わっていない技術らしいのです。
付加能力を使うためには、あたしもこの「精神力」とやらを自在に使えるようにならなくちゃいけないみたい。

あたしみたいに心の弱い人間だと更に難しくなるのかなぁ……
あたしが透明人間になれたら、
何を恐れることなく街も歩けるようになるのに……

何かを成そうと思ったらそれなりに努力しなくちゃいけないみたいですね、
頑張ってみようと思います。


7月30日(水) ギャザー


カードを持ったまま「ギャザー」と唱えると、
あたしの身体が急にふわっと軽くなったような感覚に陥って、
直後、ズドンと重くなった感じがしました。
身体的には何も変化はありません。
だけど感覚的にはあたしの中にもう1人覆い被さったような感覚……
エルデンスさんは確かにあたしの中に入りました。
……すごい、こんなことが……本当にありえるなんて……

"喜ぶのはまだ早いよ、ここから君は頑張らなくちゃいけない"

エルデンスさんが心の中から語りかけてきました。
声として耳から入ってくるんじゃないけど、
明らかにあたしの中のあたしじゃない部分から聞こえてくる声……
うん、ここからあたしは頑張らなくちゃいけない。


……で、具体的にはどうしたらいいの?

エルデンスさんは簡単に言えばイメージをすればいい、そう言いました。
血管の血の流れを身体で感じ取るようなイメージだと、こうも言いました。
感じ取った自分の体の流れをそのまま自然と同化させていくとか何とかと言いました。
エルデンスさんは生まれた時からこの能力と一緒だったから呼吸をするかのように容易にできるとも。

……ごめんなさい。
そんなの全然分からないよ……
「気の流れ」なんて言われても、
そもそも気なんて流れるようなイメージすら出来ない……
敏感肌な人なら出来るのかな……
本当にこんなこと出来る人なんかいるの……?



……え?
それ、本当に?

……無理だよ……


"10年頑張れば出来るようになると言われているけどそれ以上かかる人もいる"
なんて……!!


そんなこと出来ない!!


7月31日(木) 曇り


昨日から途方にくれてます。
いくら長くても夏休み中には出来るかなとか思っていたし、
まさかそれが10年やそれ以上必要なものだったなんて想像も出来ていなかったし……

あたしが手に入れてしまったこのサモンカードは、
あたしの想像を越える程の素晴らしいモノでしたが、
あたしの想像の範疇には抑えられないほどに、使う人の努力が必要なモノでした。

ふと、気軽な考えで透明人間になれたらいいななんて思っていましたが、
世の中そんなに甘くありません。
あたしは以前のあたしから立ち上がる為にエレニーであることを一時的に放棄しています。
でも世の中そんなに甘くはありません。
放棄しているのだってあたしが勝手にそう決めているだけで、
あたしは間違いなくエレニー・キアニスでしかないんです。
偽りなんて実際にはできません。

あたしは逃げ場所を自分の部屋にして閉じこもっていました。
それでは駄目だとお兄ちゃんに助けられ、外に出ました。
でもいつも決まっていく場所はここ、火葬場の上の丘陵。
人も誰も来ません、引きこもっているのと一緒です。
自信を取り戻す為には、自ら飛び込むしかないんです。
人のいる場所に、自ら向かわなければいけません。
この時期……みんながいるのは海?
でもあたしなんかが誘っても誰も応じてくれないじゃない……
昔はみんなで遊んだよ、
でも……今は……

駄目……あの時のことは忘れなきゃ駄目……
アイツの事も……無かった事にしなくちゃ駄目……

でもどうしよう、
この夏休みが終わったら新学期が始まって、

またアイツと会ってしまう。

だったら引きこもる?
駄目、このままの状態だったらあたしはいつまでたっても立ち直れない。

ついこの間まであったハズの強い気持ちは何だったのでしょう……
あたしは、どうなるの? どうすればいいの?

世の中全然甘くない。


8月1日(金) 宿題


何だかんだで8月に入りました。
もういろんな事がうまくいかない気がして心がモヤモヤしています。
気を使ってくれるお兄ちゃんは、朝からずっと出かけてます。
彼女とデートしてるのかな……それっぽいこといってた気がするし……
うらやましい……

今日は丘陵に行かずに宿題に全力を注ぎました。
数学のワーク……後半の問題がさっぱり分かりません。
6月の終わり頃から学校行くのが嫌になって……ああもう思い出しそうになる。
授業もその間の事はわかんないし……もうあああ
そういえばそれまで学校なんて休んだ事無かったのに……
皆勤賞……欲しかったんだけどなぁ……

もう何もかもが嫌だ、
アイツが憎い。
2学期始まってもきっとアイツはヘラヘラ笑って学校に姿をあらわすんです。
アイツにあのまま平然と生きていてほしくない。

死ねばいいのに。
うんそうだ、
アイツに生きる資格なんてありません。
死んじゃえばいいんです。

事故かなんかで消えちゃえばいい。

……消える?

そういえばエルデンスさんのカード……
姿を消せる能力だったっけ……
今日は全く触れずにいたけど……

やっぱりあたしはこの能力が欲しい!
本気で……
使いこなしてやりたいです。


8月2日(土) 課題


宿題は午前中にやれるだけやりました。
要は意識の持ち方です。
出来ると思えば出来るんです。
出来ないと思えば何も出来なくなる。

午後からは誰も居ない丘陵に行って、
イメージを実現する特訓です。
イメージするだけなんだから別にここまで来なくても
自宅でもできるんじゃないか?
エルデンスさんはそう言いましたが違います。
あたしはここでこそのびのびとイメージを膨らませる事が出来るから……

要は意識の持ち方です。
出来ると思えば出来るんです。
出来ないと思えば何も出来なくなる。

あたしなら出来るはずです。
絶対にエルデンスさんの能力を使えるようになるはずなんです。

……でも、
今日もさっぱり駄目でした。

夏休みの宿題なんかより遥かに難しいこの課題……
あたしならきっと……

やってやります。


8月3日(日) 方法


今日も一生懸命イメージしましたが
全く出来る気配がありません。
でもあたしは使えるようになります。
絶対使えるようになります。
なってやります。

……でも闇雲にやってたってきっと駄目だよね、
もう一度サモンカードのルールを思い起こしてみようと思います。
とりあえずエルデンスさんから聞いた呪文思い出して書いてみようっと。

「リリース」
「ギャザー」
「プッシュオン」

まだあったかしら……
何か他にも聞いたような気がしますが、
とりあえず覚えているのはこの3つだけ……

「リリース」でエルデンスさんを呼び出すことが出来ます。
「ギャザー」であたしはエルデンスさんと合体する事が出来ます。
「プッシュオン」であたしはエルデンスさんになります。

……こんな感じだったっけ。
家ではエルデンスさんを呼び出せないので何も聞くことが出来ません。
明日、丘陵に行った時に……

エルデンスさんにもっと聞かなくちゃ、細かい事、思い出すように、忘れないように、

あたしが使えるようになるように





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