インサイド・ジャンクション

第2週 虚像

7月21日(月) 焼ける晴天


また昨日の丘陵に行きました。
広々としていて誰にも邪魔されない場所……
あたしはゆっくり仰向けに寝転がって、空を眺めながら考えていました。
……
名前考えなきゃね、生まれ変わったあたしの新しい名前……
「エレニー・キアニス」なんて名前とは全く別な名前がいいな。
でも今すぐ考える必要ないよね、
ゆっくり考えていこ……

お兄ちゃんは喜んでくれました。
お母さんもあたしの変わった姿に驚きながらも機嫌が良かったです。
きっとあたしが外に出るようになったからです。
きっとあたしが本来の人間に戻ったと思っているからだと思います。
でもね……
エレニーはもう家の中だけでしか存在しないの。
外にいるあたしは……別の人。


7月22日(火) 焼ける夕暮れ


ここはあたしのお気に入りになってしまったみたい。
昨日も来たこの丘陵はとても居心地がいいです。
ひなたぼっこしながら外のあたしの名前を考えてる間に
いつの間にかお昼寝をしてしまっていたみたいです。

あたしは妙な叫び声で目が覚めました。
妙な叫び声……聞こえたような気がしたけど
きっと空耳……
ええ、空耳に決まってます。そう思うことにしました。
だって、ここにはあたし以外誰もいないはずだから……
心配になってまわりを見回しました。
やっぱり、誰もいませんでした。
ここはあたしだけの場所だもんね……

目が覚めたとき、既に夕焼け空でした。
全視界を覆い尽くす夕焼けはとても鮮やかで美しく
本やゲームとかとは比べ物にならないほど神秘的だと感じました。
今書いてて大げさすぎる表現だと自分でも思いますが、
きっとあたしの感受性がここ数日で大きく変化したんだと思います。

この調子ならあたし……
きっと元に戻る事ができるかも……
アイツを越えていく事ができるかも……


7月23日(水) 焼ける丘陵


自分の体に少し違和感を持ったのはいつもの丘陵から帰ってきた時でした。

あたしの肌の色が濃くなっています、きっと日焼けしたんでしょう。
「こないだまでのエルとは大違いだな」
お兄ちゃんは微笑みながら言ってくれました。
「でも日焼け止めとかは要らないのか?」
……ちょっと悩みました。
正直どっちでもいいんだけど、
このまま日焼けしたら更に「エレニー」とは別人として外を歩けます。
変装も、そこまで手を込めなくてもいいかもしれません。
でもお兄ちゃんは首を傾げています。
きっとあたしを女の子として心配してくれてるのかしら
肌が黒くなるとあんまりなのかなぁ……

「明日自分で買ってくるよ」
そうお兄ちゃんに言いました。
そろそろ、街中を歩く勇気もついたかもしれません。


7月24日(木) 焼ける街中


日焼け止めクリームを買いました。
いっぱい種類があって迷いましたが、
とりあえず無難そうなものを選びました。
またいつの様に丘陵に行き、クリームを試してみました。
ちょっと変な感覚がしました、日焼け止めの実感はありません。
だってもう焼けちゃってるから……

また空を眺めながらボーッとしていると、
遠くの方で頻繁に車が通る音が聞こえました。
このあたりで何かするのかなぁ……

丘陵から帰る時に周りにあるものを確認しながら歩きました。
でも、本当にこの辺り何も無いよ……
登る途中のところに畑がちょくちょくあるのと、
ふもと近くに火葬場がひとつあるだけ。

思い当たるフシは火葬場だけ……
どこかで誰かが死んだのでしょうか。


7月25日(金) 焼ける棺桶


あたしのカンは正しかったみたいです。
お昼頃、丘陵に行こうとしていたら
ふもと近くの火葬場に黒服を着た人たちが数名いました。

気付いたら足を止めて近くまで見に行ってしまいました。
失礼な事かもしれないけど、
誰がどう見ても制止しようとはしませんでした。
あたしのことなんか知らない人たちばかりだし、
知り合いの誰かに遭遇する心配なんかありませんでした。
しばらくすると遺体が運び込まれてきました。
棺桶に入れられていましたが、一度顔の位置のフタを開けて
みんな、最後のお別れをしているようでした。
なぜかあたしも最後のお別れというのをさせてもらいました。
顔みるのこれが最初で最後なんだけど……

てっきりおじいさんかおばあさんだと思っていたら
全然若そうな人でビックリしました。
見るからに男性、30歳代後半くらいでしょうか
ブロンズの短髪でアゴにはうっすらヒゲの剃り跡が残っています。

かわいそう……まだ全然若いのに……
そう考えてしまいました。
そういえばあたしも少し前までは死にたい死にたいとばっかり考えていたような気がします。
今なら考え改められます

"生きたい、また死にたくない"……と。

その男性の息子らしき男の子が
何か小さなカードらしきものを棺桶の中に入れようとしていました。
「これは君に託されたんだよ」
そばにいた大人の人が止めました。
「こんなもの、要らない……」
男の子はそう言いました。

その男の子はあたしよりちょっとだけ背が高いくらい、
父親に似てブロンズの髪の毛、綺麗なブルーの瞳、
でもあどけなさが残るような顔つきをしていて
多分、あたしと同い年ぐらいのような感じがしました。
でも見たことの無い子でした。

「それは君が持ってた方がいいと思う」
気がついたらあたしも声をかけていました。
男の子は不満そうな顔をしながらあたしに顔を向けました。

「それはお父さんから君に託されたものなんだよね?
だったら君が持ってなくちゃダメだと思う。
そのカードが何なのかは分からないけど、
きっとそれはお父さんが必死に生きてきた証だと思う。
だから君はそれを受け止めてお父さんの分まで頑張って生きなきゃダメ……」

男の子は少し何かを考えた後、
そのカードをポケットの中にしまいました。
あたしが言ったことを受け止めてくれたみたいです。

でもあたしは自分でその子に言い聞かせながら内心驚いていました。
これは本当にあたしの本心なの? 本当にそう思っているの?
これが死にたいと思っていた人のセリフなの?
自分の言葉は自分の心の中に響きました。
あたしも頑張らなくちゃと思いました。

あたしもいろんなものを失ってしまいました。
でもそれで折れてたらただの弱者です。
あたしは越えなくちゃいけない、
この夏休みは立ち直るのに大切な時間になるでしょう。
夏休みが終わる頃には、
この殻を破ってエレニーとして眠りから覚める事ができるといいです。

結局、その火葬を最後まで見送って、丘陵には行かずに帰ってきました。
外からだと、火葬場から立ち上がる煙しか見えなかったけど
感じられました、あの煙はさっきの男の人……
まだあたしは煙にはなりたくない、
まだあたしは土の中で眠りたくない、
あたしはまだ生きられる!

家に帰っても誰にもこのことは話しませんでした、お兄ちゃんにも。
あまり人に言い広めちゃダメだと思ったからです。
これは誰にも話すことの無い秘密です。

あたしの部屋に入って、部屋着に着替えました。
そして、ポケットから一枚のカードを出し、大事に机の中にしまいました。
これも誰にも話すことの無い秘密です。

あたしは今日、
凄く大切なものを手に入れた気がしました。
それはきっと気のせいではありません。


7月26日(土) 焼き付く記憶


いつものように丘陵で寝転がりながら仰向けにあたしは眺めていました。
でも今日は空ではありません。
空にかざすように持っている1枚のカードを……

昨日、火葬を見送った後
あの男の子は周りの大人の人たちに隠すように
あたしにこのカードを渡しました。
「さっきはありがとう、お礼だと思って貰って……」
「ダメだよ、これは君がお父さんから託され……」
「確かに俺はコレを全て棄てるところだった
けど、君に言われてそれではダメだと思ったんだ、
全て棄てるくらいなら君に一枚あげた方がマシだ
だから貰ってくれ、お礼だ」
とか、よく分からない事を言われて
結局貰ってしまったこのカード……

見た目は子供が遊ぶようなカードゲームと同じような規格な感じ。
裏面には「Summons Card」と筆記体のロゴが入っている。
表面には上部に「ELLDENCE」と大文字で書かれている。
その下に人物の胸から上が印刷されている。
その下はよく分からない事が書いてある。
……裏面のロゴから察するにこのカードは「サモンカード」っていうらしい。
恐らく、この人物の名前が「エルデンス(Elldence)」と言う名前で
下の説明は……よく分からない。

どう見ても子供の玩具です。
本当にありがとうございました。
……とでも言って放り投げようと思ったぐらい。

でもなんだか捨ててはいけないような感じがしました。
こんなちっちゃいモノなんだけど……
若くして命を落とした父親が息子に託そうとしたモノ……
きっとこのカードには大切な何かがきっと込められているんでしょう。
それをあの子から受け継いでしまった。
偶然だけど、あたしはあの子がきっかけで大切な何かを掴みました。
きっとこのカードはそれを象徴しているのではないか。
そんな気がしてならないのです。

そんな事を思いながら今日もあたしは寝転がってお昼寝エブリデイ。
きっかけはいくらでもあるんでしょうけど、結局あたしはあたしのままですね。

そして、こんなくだらない事も頭のどこかに浮かんできました。
……このカードの名前は「サモンカード」

……命じるカード?
…………呼び起こすカード?

………………召喚するカード??

このカード、本当に何かが秘められているのかしら。


7月27日(日) 焼ける幻想


昔話で呪文を唱えたら魔人が現れると言うお話があります。
普通に考えたら冗談も程々にしておけと言いたくなるような逸話です。
騙されたつもりでこの「サモンカード」で遊んでみました。

丘陵にはあたしの他には誰もいません。
あたしの声なんて誰にも聞こえるはずがありません。

呪文探しをしてみました。
適当に言っていればいつか当たりが来るかもしれないと思ってました。
……冗談半分で。

「開けゴマ!」

……反応ナシです。

「発動!」
「発射!」
「出て来い!」

……何も起こりません。

「出でよえるでんす!」
「来たれえるでんす!」
「光れえるでんす!」

……あたまの中で頑張って漫画とかの呪文を思い出してみました。

「はっ!」
「とう!」
「たーっ!」
「ほあちゃー!」

同時に頭の中で念じてみたりもしました。

「汝ヨ長キ眠リカラ……」
「さもん!」
「ゲイン!」
「目覚めよ!」
「来たれ!」
「解き放て!」
「リリース!」
「ゆけっ!」
「発!」
「応えよ!」
「オープンザ……」

…………
いろいろ言っていました。
しばらくずっと試していましたが全く反応しません。

やっぱり何でもなかったのかしら……
そう思いながら周りを見渡して……

心臓が飛び上がりそうに鳴りました。
汗がドッと噴出しました。

あたしの背後に……
人が立っていました。

自分でも驚くほどの速さであとずさりました。
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい
聞かれた恥ずかしい死にたい

その人はじっと立っていました。
そしてあたしをじっと見つめて……

にっこりと微笑みました。

あたしは気が動転していて、それが凄く危険な感じがして、 この人凄いやばい人じゃないのかと思い込んであたしの身が危険に晒されているんじゃないかと思ってしまって そういえばさっきのあたしの変な言動も全部聞かれてしまってその間もずっと見られていてそれでもあたしが気付くまでずっと背後にいて もしかしてこの人あたしに何かしたいと思っていてこのままだったらあたし何かされるんじゃないのって思ってしまってホラこの人あたしみて笑ってる 何で笑うの? どうして笑うの? ああそうかあたしが変な言動してたから笑ってるんだよねそうだよね、 そうやってみんな笑うのねあたしのこと笑いものにするのねもう駄目生きていけない死にたい死にたい死にたい……

……その時、あたしの頭の中で
1ヶ月前の出来事がフラッシュバックされてきました。
それが今の状況と絡み合って
あたしは言葉にもならない事を叫んでいました。
アイツが微笑みかけながらあたしを見てる……
この人が微笑みかけながらあたしを見てる……
目の前がそのまま歪んでいって脳味噌を弄くられるような感触がして
心臓の音がだんだん耳にも聞こえてきて
頭がよくわからないものでチクチクされているような感覚になってきて
視界がぐにゃぐにゃになって
息がだんだんできなくなってきて

…………



あたしは目が覚めました。
そこは何事も無かったかのように丘陵が広がっていました。
じっとりと汗をかいていました。
暑さのせいだけではないはずです。
そして片手には「サモンカード」がありました。

さっきのは夢だったんでしょうか……
でも意識があの時まではハッキリしていたんです。
夢だとは思えません。

落ち着いて、何をやっていたのかを思い返しました。
あたしは……カードからエルデンスって人を出せるんじゃないかと仮定して
思いつくまま呪文を言ってみたんです。
そしたらいつの間にかあの人が背後にいて……

……え?
急いでカードの表を見ました。
嘘っ……本当に……?
そこに印刷されていた「エルデンス」はさっき見たあの人と瓜二つでした。
……と言うことは……本当に?

正直よく分かりません、
だってさっきあたしは気がどうかしてたんですもの
今日は落ち着いて、明日もう一度やることにします。

そういえばあのとき立っていたエルデンスさん……
なんだかお兄ちゃんに似てるかもしれません。

でもお兄ちゃんには秘密です。





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