インサイド・ジャンクション

第1週 転生

7月14日(月) 削除


思い切って昨日までの日記は全部削除しました。
……もう読み返すことの無いように。
今日からまた新しく書きはじめようと思います。
そう、あたしはこれから変わるんです。
……絶対、
変わるんです。


7月15日(火) 外のことは知らない


勢いであんなこと書いて、内心後悔しています。
また消したくなりました。
でもあえて消しません。
消したら前と何にも変わらない……変われない。
でもあたし自身はまだ変われなくても仕方ないかもしれません。

あたしが学校に行かなくなって……
外に出なくなってからどれくらい経つんでしょう。


7月16日(水) 晴れ?


今日も相変わらず、部屋で本を読んだり、ゲームしたり
昼寝したりしてだらだらと過ごしていました。
いくらあたしでもわかっています、自覚しています。
あたし……引きこもってる……
最近はお母さんにも何も言われなくなりました……
でもお兄ちゃんは今日も
「たまには外の空気を吸った方がいいぞ」
と言ってくれました。
きっとお兄ちゃんはあたしの事を気遣ってのことだと思います。
お兄ちゃんなら……信じられるかも……
でも駄目。
心が許したとしても体が許しそうにありません。
体が許したとしても心が許しそうにありません。

何も見たくない……


7月17日(木) たぶん晴れ


最近すっかり部屋が蒸し暑くなってきました。
いつの間にか背中にもじっとりと汗が滲み出ていました。
「暑かったらいつもみたいにシャワー浴びればいいじゃん」
お兄ちゃんに言われて、
一度シャワーを浴びて、服も着替えました。
そしたら驚くほどにスッキリして清々しい感覚を味わいました。
そういえば……
あたしも以前は確か自分で蒸してきたと思ったら
勝手にシャワーを浴びてスッキリしてたような気がします。
いや、確かにしていました。
こんなことすら忘れてしまっていたなんて……
やっぱりあたしはどうかしてたのかもしれません……


7月18日(金) 晴れ


珍しくお兄ちゃんは午前中に家に帰ってきました。
学校早退でもしたのかなぁ……
と思ったらどうやら今日は終業式だったみたいです。
忘れてた……もうそんな時期だったのね……
ずっと部屋の中にいると時間の感覚がよく分からなくなってしまうみたい……
お兄ちゃんは「夏休みが始まったぜ」とウキウキしてるみたいです。
あたしは一足先に長い夏休みを堪能しています。
……全然楽しくなんか無いけど。
「部屋の中にばっかりこもらずに外に出てみろよ、楽しいぜ」
お兄ちゃんに言われました。
確かにその通り、外のほうが楽しいに決まってます。
あたしも元々は外にいたはず……
でもアイツに会うくらいなら中にいたほうがマシです。
中にいればアイツに会うこともありません。
…………
危なかった……あやうくアイツに会ってしまうところでした。
しばらくして、家にあたしの通知簿と宿題を届けに来やがりました。
よりによって、アイツが……
なんで?
何でアイツが持ってくるのよ……
他に持ってきてくれる人っていくらでもいるじゃないのよ……
あたしが出る寸前……
やっぱりお兄ちゃんに受け取るのを頼んで正解でした。
アイツが触ったものなんて……
本当は棄ててしまいたいくらいだけど……
通知簿には思ったよりも赤点の数はありませんでした。
期末試験全く受けてないのに……
中間試験を頑張った「おつり」かな……
でも、
その赤点のおかげで宿題の量が心なしか増えているような気がしました。
……もう、うんざり。
アイツのせいだからね……
アイツの顔を見るくらいなら死んだほうがマシ……
アイツの声を聞くくらいなら死んだほうがマシ……

いえ、
アイツが死んでしまえばいいんです。


7月19日(土) 大人への階段


「かるく散歩するだけでいい」
お兄ちゃんはどうしてもあたしを外に出したいみたいです。
……嫌だ
いつ何処で誰に会うか判らないじゃないの……
いつ何処でアイツに会うか判らないじゃないの……
するとお兄ちゃんはあたしのところに持ってきた紙袋から
いろいろな何かを出しました。
「エルはそいつと鉢合わせるのが嫌なのか?」
……中から出てきたこれは、
「だったらそいつにエルがエルだと判らなければ問題ナシだろ?」
……一体何が言いたいの?
「幸い今は夏休みだ、いくらでも試しはきくだろう」
…………

お兄ちゃんはじっとあたしを見つめて問い掛けました。

「やらないか?」

あたしはなされるがままに風呂場に連れて行かれました。
そしてそのままお兄ちゃんに……

「こういうのは初めてか?」
あたしはうなずきました。
今まで、
あたしがこんなことするなんて想像もしてなかったし……
緊張するかも。
「ちょっと臭うかもしれないけど、慣れればそんなに気にならなくなるハズだ」
でも、あたしまだ子供だし……ちょっと早いんじゃないかな……
「開き直れ、やるなら今しかない」

……

…………

…………………


それが終わったあとで、
あたしは鏡の前に立たされました。

正直驚きました。

髪の毛は、すっかり脱色され、
エクステで髪型も変化し、
今、カラコンで目の色もおかしな感じ

面影はまだまだぬぐいきれないけど、
鏡に映ったあたしはすっかり別人のようでした。
「あとは帽子とメガネぐらいがあれば完璧かな」
……確かに、そこまですればアイツもあたしのこと判らないかも、

誰も知らない奴のフリをして堂々と外を歩いてみろ」

……これなら、あたしにも出来そう。
少し、勇気がわいてきたような気がしました。
お兄ちゃんも満足そうな顔をしています。
今なら……外に出れそう

でもそう思った頃にはすっかり日が暮れていました。


明日、思い切って外に出てみようと思います。


7月20日(日) 眩しいほどの晴天


昼ごはんを食べた後、
昨日の「変装セット」を身に付け、
玄関の扉を開きました。
その瞬間、外から眩しい光がとめどなく流れ込んできました。
あまりにも眩しすぎて、あたしはしばらく目があけられませんでした。
しばらくして目が慣れてくると、そこには
以前、毎日のように見ていた景色が現れました。
毎日のように家を出たときに見てきた景色……
何日ぶりだろう、懐かしいとさえ感じてしまいました。

あたしはもうあたしじゃない、
そう思って家を出て歩き出しました。
目的地? そんなの考えてもいません。
でもあまりまだ人とは会いたくありません。
すれ違う人たちはみんな馴染みの無い人たちばかり
……幸いでした。
だってあたし……この格好の人は今日始めてこの町を歩くんですもの
そう思って堂々と歩きたかったですが、
自分でもオドオドしてたのが分かりました。

でも人とすれ違うのは嫌……
誰もがあたしに対して敵愾心を抱いているように感じてしまいます。
これも全部……アイツのせい……
だんだんと足は人気の無い郊外へと向いていました。

気づけばあたしは近くの丘陵に出ていました。
誰も人はいない……
あたしはサングラスを外しました。
タイミングを見計らったように優しい風が流れてきました。
心地いい……家の中では決して味わう事の出来ない空気……
空を見上げれば……
一瞬、あたしは空に押し潰されるような感覚を覚えました。
360度広大な空、この青色は遥か宇宙まで続いているんです。
……いつの間にかあたしは空に魅入られていました。
部屋の中にこもっていては絶対に味わえないこの絶景……
以前、当たり前のように見てきた景色も
一定期間遮断していた事で、
より大事だと言う事を実感しました。

……やっぱりあたしは外にいるべきなんだ!

でも残念ね、
今ここに立っているあたしは
「エレニー・キアニス」であることを辞めているから……
「エレニー・キアニス」という名の人間は家に封印されているから……

「エレニー・キアニス」はアイツやその他の人達に会うことを拒絶しているから……

今日、「エレニー・キアニス」は永い眠りにつきました。

あたしは今日、ここで生まれ変わりました。
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